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園長の日記

「まよっちゃう〜」の楽しさ

2026/10/27

やはり保育の楽しさは、子ども理解が深まった時にあります。「ああ、そういうことだったんだ!」という気づきによって、子どもの心の動きや子どもの世界が垣間見えた時の嬉しさは、保育をしていてよかったと思う瞬間でもあります。

たとえば、担任の先生たちがまとめた14日の「味の探究」の報告を、私が「にこにこのクラスブログ」に載せましたが、そのなかにこんな子どもの姿への気づきが書かれていました。それが面白いのです。

・・・「Mちゃんはどこから食べるか迷っているようで保育者が『まよっちゃうね』と話すと、「まよっちゃう~」とMちゃんがいうと、その言葉が他の子どもたちにも広がっているようでした。どうしてこの言葉にこれだけの反応があるのかはじめは気づきませんでしたが、活動後『おべんとどうぞ』を読んでいるとその描写がありました。絵本を読み、物語の世界に浸る中で自然と言葉が子どもたちの中に根付いていたのではないかと感じました。・・・

ここを読んで、「そうだったんだ!」と思いました。さっそく、2階に行ってその絵本を見せてもらいました。確かに「まよっちゃう〜」という場面があって、それが子どもたちにウケていたのでしょう。実際に、味の探究の時間に、いよいよ焼きあがった「きのこピザ」を食べる段になって、本当に「まよっちゃう」を自分で使っていい場面が湧き出てきたのですから、これは、どうしてもやりたくなったのでしょう。

子どもたちは、先生の声『まよっちゃうね』という言葉を聞いて、過去に読んで楽しかった絵本のその場面のイメージを思い出し、実際にいま食べようとしているとき状況とそれがシンクロして、いいかえると身体知が活性化されて、子どもたちは実施したのです。あえていうと、実行に移したのです。これが楽しいことを正直に生きようとした(本当に生きた)というではないでしょうか。やりたいことをやったのです。楽しいから実行したのです。その場にいた人ならわかるのですが、あんなに繰り返し、とまらなかったし、本当に楽しそうでした。

実際の活動の時も、そのあとの振り返りの時間も「どうしてだろう?」と気にはなったのですが、わからなかったのです。小さな謎のままでした。その謎が解けました。絵本だったのです。

あの子どもたちの伝搬力と繰り返しは、絵本の場面の再現の楽しさも含まれていたのでしょう。今実際にそれを使って楽しむという「遊び」がまさにおきたい瞬間だったのです。遊び性はこのように、過去の記憶、ことば、現在進行中の状況、先生の声、食べようとしている美味しそうな食べ物、お友達の楽しそうな顔や声やフレーズ・・・そういったものが引き寄せられて、そこがまるで渦のようになって、そこに「遊び」そのものが立ち上がった、というようなことがいえるのではないかと思ったりしたのでした。

 

 

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