MENU CLOSE
TEL

2020年 7月

お泊まり会(すいすい)

2020/07/31

「今がいちばん楽しい!」インタビューに答える、年長のすいすいさんたち。質問は「今日のお泊まり会で一番楽しかったことは?」の質問にこういう返事が返ってきた。ただのインタビューではなく、輪になって「爆弾」を回し、音楽が止まったところで爆弾を持っていたらバツとして質問に答えるという「爆弾ゲーム」でのこと。友達の一言一言が面白くて笑い転げていた。

 

その直前まで、目の前には、昼間に自分たちで製作したキャンドルが灯っていた。キャンプファイヤーの代わりに行った「キャンドルナイト」のセレモニーでは「今日も友達、明日も友達、ずっと友達さ」という歌詞の「キャンプだホイ」と、忍たま乱太郎の主題歌「勇気100%」を歌った。

その前の夕食は、蜂蜜をかけるスパゲッティミートソース、麻婆豆腐などをみんなで食べたが、これらのメニューは、何度も話し合って決まったもので、それまでのミーティングの経緯は、階段に掲示してあった通り。美味しそうに、おかわりもしてました。

今日のお泊まり会は、古野先生の絵本『カラーモンスター』の読み聞かせから、静かに始まりました。自分の気持ちを何色にしたいか?というモチーフが今回の、お泊まり会には流れています。そして今、楽しい気持ちのまま、みんな夢の中にいます。

すいすいの保護者のみなさんには、コドモンでお伝えしましたが、どうぞご安心ください。明日、詳しい報告をさせていただきます。

できることはやりましょうcocoa登録

2020/07/30

感染確認アプリcocoaを登録すると、自分が過去14日間に「陽性者」と接触したかどうかが、分かります。もちろん限界はありますが。

人と接触する機会が多い方は登録するといいでしょう。

今日30日に東京都の陽性者数は過去最高を更新しました。でも、7月10日ごろには400、500になるかもしれないと思っていましたが、22日ごろに増加率が減っていることから感染時点はピークを超えていることがわかり、その通りになってきました。これ以上は増えないで横這いで行ってほしい。しかし先の連休の影響がどう出るのか? いったん100ぐらいに減ってまた来週あたりに200台まで増えて2つのこぶができるかもしれません。地方の方が心配です。

 

いまをていねいに生きる

2020/07/29

 

園だより8月号 巻頭言より

三浦春馬さんはALS患者の澤田拓人だったのでしょうか。そんなことを考えても仕方がないのに、彼の訃報に接してから、どうしても2014年1月放送のテレビドラマ「僕のいた時間」(脚本・橋部敦子)のことを思い出してしまいます。人は対人関係や社会的立場を円滑にするために、仮面(ペルソナ)をかぶって生きるようになるのですが、普段はそれが仮面だと無意識に気づかないようにもしています。そんなことはないと、違和感を感じないで生きているなら、それは幸せなことです。

心理学では社会への「適応」が仮面のことでもあると説明されることもあるわけですが、仮面だと感じる人は、生きていて居心地の悪さを感じているからでしょう。たとえば周りに合わせて生きている自分に気づき、それが「仮面をかぶっている自分」に思え、本来の自分があるはずだと「自分探し」をすることが若者に共感をよびました。私は当時の園だよりで、卒園していく子どもたちが、自分らしく過ごせて良かったと、このドラマを引用して祝福しました(写真)

それから6年。彼らは今年中学生になりました。そして今ふりかえると、改めて「ペルソナ」が気になってきます。仮面なら「外せる」と思えますが、自分探しは取ってもまた新たな仮面が出てくるだけであり、それは剥き続けても芯などないラッキョウに似ていています。それがわかると、今度は「目的を持って生きる」という受けのいい仮面が登場しています。今はとにかく我慢しよう、目的を達成するように頑張ろうと。政府も忍耐力などの「社会情動的スキル」の育成を盛んに持ち出すようになりました。

子どもたちが「現在を最もよく生き」それが「未来を創り出す力」にすることが保育の仕事です。子ども同士の関わりの中に、それぞれの思いが生まれます。「そういうことだったのね」とわかることがよくあります。傍らでそれに共感して見守っていると、子ども自らが動き出してくれるものです。「ああ、そうしたかったのね」と気づいたり「あれ、そうきたか、考えたね」と感心したり、「すごい、さすがだな」と感動することも多いです。

そんな子どもの自発性と可能性を感じるとき、私たち大人も勇気づけられます。子どもには真心を持って初めて、子どもから打ち明けてくれる心と出会える時もあります。子どもが持っている力を信じることから、私たちも未来のために前に進むことができるような気がしてくるのです。社会で起きている現象に関心は持ち続けても、決して振り回されないように、毎日を丁寧に生きたいものです。

(6年前の巻頭言より)

 

 

けんかのきもち

2020/07/28

(千代田せいが文庫より)

たいは、友達のこうたに泣かされる。くやしくて、くやしくて涙がこぼれる。溢れ出る気持ちを堪えらることができずにいる。第七回日本絵本大賞の絵本「けんかのきもち」は、とにかく伊藤秀男の絵がいい。もちろん、柴田愛子の簡潔な文は、ほとんどが主人公の少年たいの「内言」だけで物語が進んでいく。この絵本は、子どもの気持ちが、いかに大きな大きな塊であるかを感じるためにある。そして、その「きもち」の熱量を、伊藤秀男の絵が伝えてくれる。

子ども同士がとっくみ合いのけんかをする権利が奪われてしまって久しい。

別にとっくみ合いのけんかを奨励したわけでも、保育園で復活させたいと思っているわけではない。そんなことを私が言い出したら、大反対にあうだろう。そういうことではなく、けんかの気持ちに共感する機会そのものがなくなってしまったなあ、としみじみ感じるからである。

(おっ、今日は、なんだか、である調、である!えへん!)

別に保育園で「けんか」があったわけではありません。たまたま午後に来園された千代田区の方と、子どもの見守り方の話になり、ちょうちんが下がっている階段の下をくぐっていて、突然にこの絵本を思い出しただけです。ぜひ、一度、手にとってみてください。子どもと一緒に読むのではなく、大人が一人でじっくりと読んでみてほしい絵本でもあると、勝手に思っています。

 

 

楽しい水遊び

2020/07/27

◆楽しい水遊び

水の感触を楽しむ中で、「ムニョ」とか「プルン」とか「ツルン」とか、いろいろな擬音やオノマトペを体で感じながら使っています。夏ならでの遊びだなあ。楽しそうです!

◆立派なすいかが獲れました

なかなか開かない梅雨空のもと、みんながせっせとあげてくれた水のおかげで、屋上で育ててきたスイカが今日27日、採れました。ネットで育つには、この大きさが限界だろうと、小林先生が子どもたちと一緒に収穫しました。30日にスイカ割りをする予定です。

 

◆習字が楽しみに

漢字やひらがなを筆でかくというのは、習字というよりも、紙に絵を描く感覚に近いのかもしれません。その感覚が優先する方が、文字の習得に関しては本質的なことなのですが、そのことを楽しそうにやっている子どもたちの文字が証明しているように思えます。

◆納涼会のパネルができました

7月18日に開いた納涼会で使った「案内」や「パスポート」を使ってパネルにコラージュしました。「あんなことしたよね、楽しかったよね」の思い出を残すためにも。

 

こんな心理状態を続けてはいけない

2020/07/26

 

人間はこういう社会を求めてきたとは思えない。そう感じる瞬間というものが時々あります。昔よりも、今の方が断然いいに決まっているのに、どうしてそう思うんだろう。あらゆるデータは過去よりも今の方が幸せである。それは確かなのに、将来に対する不安の方がなぜか大きい。その答えがこの数日の「自粛生活」で見つかりました。これはあくまでも個人的な「感慨」なので、他人にうまく説明することはできません。でも「そうか、そうだったのか」と、自分では妙に納得しています。

それでは、そんな個人的なことを、どうしてここに記すのかというと、ちょっとだけ仕事が関係があるからです。その気づきは例えると「不確かなものが見えてしまった不安」に似ているからです。変な言い方ですが、不確かなことだけがはっきりしてくるという分かり方は、心の健康によくない。

昔の方が、将来のことはよくわからなかったに違いないのです。今の方が将来予想が立ちやすい。いろんなことを過去からも学んでいるし、リスクも計算できるようになった。ところが、わかることが増えたから不安材料もよく見通せるようになってしまった。百年前のスペイン風邪の記録を読んでいると、わかっていないぶん、今よりも呑気だったことがわかる。今の方がいいに決まっている。読んでいると「え、そんなことしちゃってたの!」ということがある。でも、今の方が、わかっている分だけ「まだどうなるかわからない」こともわかってしまった。この「どうなるかわらかない」ことが多すぎると、心理的に結構しんどい。

類人猿から700万年もの間、あるいは旧石器時代の200万年の間、あるいはもっと短くして縄文時代1万年の間、私たちの先祖は、昨日も今日も明日も、ずっと同じ安定した盤石な生活が続くことを願って、努力してきたはず。でも、現代はそういうことを考えることが、まるで、非常識で呑気なヒト扱いされてしまいそうです。みんなが心理的なサバイバーになっています。こんなに豊かでありながら、どこか生き残りをかけて生きているような精神状態を感じてしまうのです。

多くの人はもっと、ノホホンとしていても大丈夫なような、寛いだ社会にならないものなのでしょうか。みんながノホホンと暮らしていい社会にしたい。こんなこというと「何、呑気なこと言ってんだ!」って、やっぱり怒られそうですね。昔から、そんな呑気な時代なんてなかったんだと。ずっと生存競争や戦争があったんだと。でも本当にそうでしょうか。狩猟採集民族の人々の暮らしには、私たちが見失っている考え方や知恵がありました。そこから真剣に学ぶことが結構あるように思えます。大きな価値観の転換に、多くの人が気づく時代が早く来るといいのですが。子どもの成長というものは、結構早いものですよ。(と、考えるから、またよくないのに・・)

グレートジャーニーの果て

2020/07/25

60歳になって、インドネシアから沖縄の石垣島まで、4700キロの海路を、手作りの船で横断した探検家であり医師でもある関野吉晴さんの言葉を思い出します。2つのメッセージが強く心に残っています。

人類はアフリカから約10万年をかけて地球上のあらゆる場所まで拡散しました。それをグレートジャーニーと言いますが、その5万3000キロの足跡を辿る旅に関野さんは40歳になって挑戦しました。足跡を辿るといっても、豪華客船の旅でも飛行機でも鉄道でも自動車でもない、エンジンのついた動力は一切使わずにカヤックや自転車などの人力だけを使って踏破したのです。

その行き先々に待ち受けていたのは、とてつもない自然でした。熱帯や砂漠、気温マイナス40度のシベリア。標高4000メートルを超えるペルーのアンデス山脈。そのいずれにも、今もそこに適応して住む伝統社会の暮らしがありました。人類は、その厳しい自然環境に適応しながら移動を続け、アフリカから最も遠い、チリにまでたどり着くのです。

◆「今の社会は、待てない社会になっている」

「僕はアマゾンに長く生活したりして、日本人ができないことができるようになっていった。それが『待つ』ということなんですね。要するに、今、待てない社会になっている。半年や一年で、あるいは3ヶ月で成果を出さないといけない社会になってしまった。20年、30年先のことにかけて何かをやることができない」

この発言を受けて、ゴリラ研究の第一人者であり、京大総長で日本学術会議会長の山極壽一さんが、こう対応します。

「待つこと、あきらめない精神は、ものすごく人間的だと思うんですね。ゴリラもチンパンジーも待たないし、あきらめちゃうんですよ。そんなことやったって、無駄じゃんって。経験つめば、前に失敗していればやらないわけですね。それが王道じゃないですか。ところが失敗しても失敗してもあきらめない、こんな精神をなぜ人間は持てたんだろう。それが実は、最終的には新しい技術を手に入れることになったり、発見を通して新しいリソースを使えるようになったりするわけですよね。それって、いつできたんだろう?」

「今は、逆にあきらめやすく、待たないんですよ。それは、人間的な本質をどんどん失いかけているんじゃないか。あきらめない、待つということは、時間を現実の価値観ではない、未来の価値観にかけて使うわけですね。それは単視眼的に見れば、それはムダに見える。でも、それをやり通すことが、ブレークスルーにつながったり、イノベーションにつながったりする。それを人間はずっとやり続けてきたのに、なぜこんなに待てなくなっちゃんたんだろう。こんなにも、あきらめやすくなっちゃんたんだろうって思うんですよね」

関野さんの言葉のもう1つが、これです。

彼は寒冷の地、チリのナバリーノ島に住む先住民ヤマナ族の女性たちと出会って、気付いたと言います。そこは19世紀に持ち込まれた疫病で人口が減ってしまいました。

◆最も遠くまで辿り着いたのは、皮肉にも一番弱い人たちだった

未知の土地にたどり着いたのは、開拓精神に溢れる強い人ではなく、むしろ既存の土地から弾き出された弱い人々だったのではないか、と実際にその人々に会って一緒に暮らすと、思い当たるのだというのです。

「最も遠い場所までたどり着くのですから、一番進取の気鋭に富んだ、好奇心と向上心の強い人のはずなのに、一番弱い人たちだったわけです。パイオニアとしてその土地を支配した人たちは、そこに新しい文化を作って、そこを住めば都にした。そこが住みやすくなると人口が増えてまた弱い人が突き出される。それを繰り返したんじゃないか。それが今、住むところがないほど、広がったということですね」

この2人の対談は、NHKのスイッチインタビューN084「ゴリラから見たヒト 旅から見た日本人」(2015年8月15日放送)です。

国連難民高等弁務官事務所の緒方直子さんは昔、難民を作り出しているのはどうしてかを考えて欲しいと語っていました。今の世界がコロナ社会になって弱い人が「突き出される場所」は、もはや国境さえ来られないとどこかです。もしかしたら、それは病院なのかもしれません。あるいは、診断を受ける機会も得られないまま、後になって超過死亡数にカウントされているのかもしれません。

人類の人権の中で中心をなす「精神の自由」は、「移動の自由」と「集会の自由」に根差すのですが、強い人たちは、この機にその覇権行使をあからさまに開始しました。NHKのスイッチインタビューN084「ゴリラから見たヒト 旅から見た日本人」では、なぜ戦争をするのかも、語りあっています。

肉親の死を傍らで弔う自由も危うい社会になりつつあるなかで、いろいろなことに気づきにくい社会になりそうで、子らの将来を考えると、そっちのことも心配です。

 

感染の上昇率は減少し始めている

2020/07/24

指数関数的に増えているのかどうか気になっていたのですが、あまり急激なカーブを描いていないので、増加率を調べると1未満に向かっています。新型コロナウイルス感染の実態は、どうも減り始めているようです。2週間前に警戒を始めた効果が現れているようです。私たちは2週間前の過去をみているので、あまりピンときませんが、実態は減少傾向に向かっています。昨日23日に都内は300を超えて今日も増えるでしょうが、増え方は減り始めたので、一安心です。あと2週間は惰性で増えるかもしれませんが、近いうちピークを迎えて減少に向かうようです。ただ4月の時と同じで、減り始める原因がよくわかりません。この原因を突き止めてもらいたいものです。

ザ・リフレクティブ・プラクティショナー

2020/07/23

久しぶりに、ここから学び直そうとする姿勢にちょっと感動したので、その時のことを書いておきます。彼は優秀な「リフレクティブ・プラクティショナー」なのですが、さらにその意味を自ら問いかけなおそうとしていることことが、素晴らしいのです。

The Reflective Practitioner  ーこの言葉は1983年、今から37年も前に書かれた書籍のタイトルです。日本語に直訳すると「省察的な実践家」となります。reflectiveを省察的と訳すか、反省すると訳すか、振り返ると訳すかでニュアンスは異なりますが、名詞はReflection もちろん語源は反射という意味の言葉です。いずにしても、省みる実践者ということです。しかしTheがついているので政治家とかと同じように「実践家」というニュアンスになります。これを書いたのは当時、MITにいたロナルド・ショーン(1931〜1997年)です。日本には佐藤学さんが2001年に秋田喜代美さんと共に訳して日本に紹介しました。

本は『専門家の知恵』(ゆみる出版)と訳されたので、タイトルだけでは焦点がぼやけてしまったきらいがあります。もしかしたら「専門家なら知恵があるに決まっている。その内容を紹介でもしたのかな?」と、なってしまいかねません。そうではなくて、ショーンは常に変化する状況と対話し続ける実践者の専門性を位置付けなおそうとしたのです。知恵が変化するのです。というよりも新たな状況について考え続けることで新しい知恵が生まれたり、新しい判断に至ったりする、そのプロセスの中に専門性があるとしたのです。いや、その営みそのもの、その営みを刷新していく力そのものが専門性だと言ったほうが正確かもしれません。

知恵は生かされ、時には誤り、さらに改善されてより善いものになっていく。経験によって新しい課題が発見され、未知の課題に臨み続ける、まさに、現代の企業の社員は、その力を求められていると言えます。企業の経験学習は、体系化された知識やスキルを現場に適応して通用するようなものではありません。

そうした動的な営みの中に専門的な知恵が息づくことを重視しよう!と当時、投げかけたのがショーンでした。今となっては、そんなに斬新は提案ではないでしょう。この専門家像が日本の看護界や学校の先生や保育界に及んできたのは、2005年ごろでした。2010年の保育所保育指針の改定の時にも話題になりました。厚労省のヒヤリングで森上史郎さんが「これからは保育士の専門性が大きく変わる。前に戻ることはない」と明言していました。

私は「これでやっと保育者の専門性が全く変わる。手遊びやら歌や踊りやら、運動遊びやら、そうした表面的な技術がいくらあっても仕方ない。保育のプロセスの質を高めるには、その保育のまっさい中に、いろいろなことに気づく力がないとどうしようもない」ということの理論的な支柱をえたと感じました。そして保育所保育指針の解説書を書くにあたってそれも議論しました。

しかし他のことでもよくあるのですが、本来の行為の中のリフレクションというダイナミズムが失われて、行為の後の(ついての)省察だけが取り上げらえれることが増えました。最悪なのは、形だけの「反省」だけが求められる形式主義に陥ってしまう面もあることです。監査にくる都や市の専門家と話をしても、なかかな通じません。この専門家の意味が行政官にまでは伝わらないのです。

例えば指導案や研修報告欄に「反省欄がありますか」みたいになってしまいました。PDCAが回っていれば省察したことになる、というような別の改善サイクルの話と混同されたり、そちらが優先されてしまったりもしています。こうした無理解や誤解や形骸化に、敏感に反応して「変だな?おかしいな」と感じることや、気づいて省察できることこそが、行為の中の省察であり、ショーンが訴えていたことだったのに。

例えば、保育の事例を書くことは、行為についての省察です。しかし行為の最中に考えながら実践しているのが保育ですから、その最中の子ども理解、心の通い合い、そこで感じとった内容、こうしたらもっとよくなりそうだと気づく環境のあり方、それに基づく次の判断、そして自らの行為、応答的な反応・・・それらの複合的な連続体が保育という塊です。それら一連のプロセスの一瞬一瞬に専門的な知恵が生かされています。うちの先生たちは、そうしたことを常に感じながら保育に携わっています。そうしたことが記述されている保育事例は、素晴らしいし、一方で書けないことや表現できないこともいっぱいあることは、本人が一番知っているし、ましてや保育の可視化は、そのほんの一部でしかないことも自明です。

もう1つ重要なことは、省察や判断の根拠、エビデンスの問題です。この保育の知恵や判断の根拠が、医学や心理学や人類学や社会学の知見に基づくものであっても、その知の枠組みとはまた別の「認知の専門的フレームワーク」が、保育にもあります。その切り取り方や位置づけ直しに当たるのが、教育の五領域であったり、藤森先生の見守る保育の10カ条や保育の三省、あるいは子ども像である保育目標の根拠として私が練り上げた「5つのポイント」になるのです。これらの項目は子どもの発達を保証するために不可欠な省察の視点であり、根拠でもあります。

誤解のないように付け加えると、一般に知識や技能はスキルと言われ、その陳腐化が激しいのが今の時代です。一度学んだことは、すぐに古くなってしまうから学び直す必要があるとよく言われます。しかし、省察的実践家の学びは、この意味では全くありません。それが役立つのはもちろんですが、重要なのは行為の中の省察の方だからです。まあ、確かに行為のスパンを長く取れは、当てはまらないわけでもないかもしれませんが・・。

この話を保育者が読んで、安堵するのか、焦るのか、あるいはチンプンカンプンなのか。その差は大きいかもしれません。

top