
今日の午前中、年長のすいすい組4人がそろって、「鉄棒をやりたい」と言い出しました。
千代田せいが保育園には園庭がありません。そのため、開園当初から3階に運動ゾーンを設けています。
ここでは、ネット遊び、クライミング、ぶらんこ、赤い球を脚で挟んでぶら下がる遊び、ロデオ、トランポリンなど、都市の中でも子どもたちが多様な身体の動きを経験できるようにしています。
今日は、その一角に鉄棒を用意しました。
子どもたちは、つばめ、前回り、豚の丸焼き、コアラなど、自分たちが知っている動きを始めました。友達がやっている間は、順番を待ちながら、その身体の動きをよく見ています。
鉄棒というと、私たち大人は、前回りや逆上がりが「できるか、できないか」という結果に目を向けがちです。
しかし、子どもたちの姿を丁寧に見てみると、技が完成するまでの過程に、豊かな学びがあることがわかります。

ESさんは、鉄棒の上でつばめの姿勢を取ろうとしました。しかし、自分で跳び上がっても、鉄棒の上まで身体を持ち上げることができません。
すると、鉄棒の横の支えに足を掛け、そこを足場にして登る方法を考えました。自分なりの方法で鉄棒の上に身体を乗せると、腕を伸ばし、つばめの姿勢をつくることができました。
もちろん、鉄棒の支えを踏み台にすることには、安全上の配慮が必要です。今後は、安全に登れる踏み台などを用意する必要があります。

しかし、ここで私が注目したのは、ESさんが「できない」で終わらなかったことです。
「どうしたら、あそこまで登れるだろう」
そう考え、周りにあるものを見渡し、自分なりの方法を試したのです。

◾️探究としての鉄棒遊び
この姿は、まさに探究です。
探究というと、植物を観察したり、地域の不思議を調べたりする活動を思い浮かべるかもしれません。しかし、探究の対象は、自然や社会だけではありません。自分の身体もまた、子どもにとって大切な探究の対象です。
鉄棒を握った手の感覚。
腕にかかる自分の身体の重さ。
胸やお腹が鉄棒に触れたときの痛さ。
身体を丸めると、回り始める感覚。
足が床から離れ、再び着地するまでの感覚。
子どもは、こうした身体からの情報を受け取りながら、次の動きを調整しています。
それは、
「やってみる」
「感じる」
「考える」
「やり方を変える」
「もう一度やってみる」
という、身体を通した探究の循環です。
◾️ 10の姿から育ちを読み取る
今日の姿を「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」から見ると、中心にあるのは「健康な心と体」です。
ここでいう「健康な心と体」とは、単に体力をつけたり、技ができるようになったりすることだけではありません。
自分から身体を動かそうとすること。自分の身体の状態を感じ取ること。安全な動かし方を知ること。そして、自分なりの目標に向かって挑戦することまでが含まれています。
また、一つの姿の中には、ほかの育ちも重なっています。
ESさんが自分で登り方を考えた姿には、「自立心」と「思考力の芽生え」があります。友達の動きを見て、自分も試そうとする姿には「協同性」があります。「つばめ」「順手」「逆手」などの言葉を使って動きを伝える姿は、「言葉による伝え合い」につながっています。
◾️資質・能力の育ちをよみとる
三つの資質・能力で捉えてみることもできます。
鉄棒の握り方や身体の支え方を身につけていくことは、「知識及び技能の基礎」です。
「どうしたら登れるか」「どう身体を動かせば回れるか」を考え、実際に試すことは、「思考力・判断力・表現力等の基礎」です。
うまくいかなくても諦めず、友達の姿から学び、もう一度挑戦することは、「学びに向かう力・人間性等」につながります。
これらは別々に教えられるものではありません。一つの遊びの中で、互いに結びつきながら育っていきます。
◾️私の気づきは・・
今日、私自身にも一つの気づきがありました。
ESさんが鉄棒まで跳び上がることに難しさを感じている姿を見て、ジャンプすることや、両足で床を蹴ることなど、跳ぶ力につながる遊びをもっと用意してみたいと思ったのです。
子どもの姿に保育者が気づき、その気づきによって環境が変わる。そして、変わった環境の中で、子どもの新しい姿が生まれる。
保育とは、この繰り返しなのだと思います。
園庭のない本園にとって、3階の運動ゾーンは、運動不足を補うだけの場所ではありません。
子どもたちが自分の身体と出会い、友達の身体の動きから学び、「できない」を「どうしたらできるだろう」に変えていく場所です。
鉄棒は、身体を鍛える道具であると同時に、身体を使って考えるための探究の環境なのです。






























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