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園長の日記

アロ・ペアレンンティグ(親だけが子育てをしない)

2023/04/03

 

(巻頭言4月号より)

入園、進級おめでとうございます。

皆さんと私たち保育園とで、一緒に大事にしたい考えがいくつかあります。これを共にすることで、私たちの毎日の生活が面白く、楽しく、意味あるものになっていくと思います。

(1)親だけで子育てを担わない〜アロ・ペアレンンティグで「気軽に」いこう!

(2)子どもは家庭と園と地域で育つ〜子どもの経験を豊かにしよう!

(3)子どもは人間関係の中で発揮される主体性がある〜人とのかかわりを大事にしよう!

(4)子どもは好奇心を持って世界を好きになり、なぜだか「よくなろう」としているよ!

(5)私たち大人も色々なものに興味を持って、子育てを楽しみましょう!

子どもは一人ずつ違います。ほんとうに違うから面白いです。これが全てのベースです。子どもたちが垣間見せてくれる独自の表現や言葉を大事にします。大事にというよりも、私たちもそれを「どうしてそんなことを面白がるんだろう?一体何を愉快だって感じているんだろう?」「ああ、そこだったんだ!」というような、私たちが気づくこと、私たちが子どもの世界に迫ろうとすること。そんな「なまなざし」を持って、子どもと接したいと思っています。そうした方が子育てが豊かになると思いませんか?

しかし、その一方で、子育てには嫌なことや辛いこと、うまくいかないこと、カッとなること、面倒くさいこと、もう勘弁してよ、と言いたくなることもあります。そんな葛藤や苦しさ、矛盾や複雑さも「人間だもの、そりゃあるよ!」と、肩の力を抜いて、大目に見たり、おおらかさを意識したりしましょう。

そして家庭生活と園生活の子どもの様子をお互いに理解し合うことで保育は成り立ちます。日々の連絡のやり取りを始め、個人面談や保育参観でも、その情報交換を大事にしています。またぜひ、やってみていただきたいのは、保護者の皆さんが「パパ先生」「ママ先生」になって、子どもの園生活をぜひ体験してみてください。園生活を知っていただくと、家庭ではみられない姿に驚くことが多いものです。家庭生活と園生活の両方を経験しているのは、子どもだけです。その経験がどんなものか、想像して理解しあっていきましょう。ご協力のほど、よろしくお願いします。

ちっち組 保護者会

2023/04/03

今日3日(月)から、新年度の保育が本格的に始まりました。と言っても、新しく入園された子どもたちにとっては初めての場所での生活に慣れていくための第一歩。0歳児クラス4人、1歳児クラス2人、3歳児クラス3人が新しく仲間に加わりました。

今日は初日なので、ママやパパ、お家の人と一緒に過ごしてみて「楽しそう」「面白そう」って感じてくれたら・・・そんな「ほんわかした雰囲気」で園生活が始まりました。と言っても、本人は内心はちょっとドキドキ、心配な気持ちもあるでしょうけど、朝から遊んでいる様子を見ていましたが、今日の感じだと、すぐに慣れてしまうでしょう。

午前中にちっち組は保護者会を開き、担任の自己紹介と今年度の保育のねらい、今月の目標や配慮点をお伝えしました。

(資料はクラスブログ「ちっち組」パスワード必要)

私からは、入園案内の時から説明してきた子どもの姿で描いた保育目標「自分らしく意欲的に思いやりのある子ども」について、目の前の子どもの姿から説明しました。

20230403 ちっち保護者会(PDF資料)

一人ひとりが異なることが保育のベース。その自分を発揮できるように守ることがその子の人権を保障すること。そのためには思わず遊びたくなるような、手を伸ばしたくなるような環境を通した保育が基本となること、人的環境としても、家庭では体験できない子ども同士の関係が色々あること。

子どもが慣れていくポイントの中に、不安から安心に至る過程があることを伝えました。身近に知っているもの、好きなものに気づき、それが増えていくことで不安から安定した生活に移行していくことを。それは物だけではなく、知らない人と親しくなるのも似ているという話をしました。

「大人同士が楽しそうにしていることを赤ちゃんたちもじっと見ています。楽しそうな雰囲気や会話に包まれている感覚を好ましく思い、それを感じ取っていますよ、ここが安心できる場所だということを感じ取っています。心の交流の心地よさを感じていると思いますよ」

その上で(1)子育ては親だけで行うものではないこと(2)子どもだけが家庭と保育園の両方の生活を経験していくこと、そのためにお互いの様子を丁寧に伝え合うことを大切にしたいこと(3)園は保護者の皆さんと共に社会的親でありたいと思っていること、をお伝えしました。

お子さんのお名前の由来をお聴かせていただき、ありがとうございます。お名前に込められている親御さんの愛情を感じました。子どもたちの名前を呼ぶときに思い出したいと思います。

どうぞ、よろしくお願いします。

気持ちも新たに迎えた4月1日

2023/04/01

今日から新年度。土曜日なので午前中に職員が集まってミーティングを行い、新しい情報管理ツールの登録や、荷物や掲示などを整えて月曜日からの保育に備えました。お昼は新人職員の歓迎と先生たちの仕事を労い、自然食のお弁当を食べました。私からは毎年、年度の初めに船に例えた保育ビジョンの話をします。

理念・社会的責任・職員・施設設備・計画的実施の5項目。この船がどこへ向かうのかという目的や理念の刷新が最も大事。それは変化し続けていることを共有しました。時代の変化が激しいからです。しかも保育という営みにどう影響しているのか、意外と見えにくい。本当はかなり大きな影響を受けているのですが、そこを再確認します。

大事なのは今世紀に入る前ぐらいからでしょうか、保育の質をポスト近代にふさわしいものに変えていくこと。それは社会や経済、歴史や哲学と繋がっていること。知らず知らずのうちに私たちがそう考えてしまっている子ども観や保育観を、それでいいのかと批判的に省察すること。新自由主義的な保育サービスの保育の質から離れること。レッジョのその後など、社会構成主義的な考え方の、世界の流れを参照し続けること。そんな話です。

子どもは一人ずつ違います。これが保育のベース。子どもたちが垣間見せてくれる独自の経験のプロセス、私たちを驚かすような姿。子ども同士の多様な意思疎通、コミュニケーション、表現。どうするか意思決定を一緒に考えていく生活づくり。私たち大人も大いに刺激と気づきをもらいながら。子どもが進もうとする世界に私たちも学びの視線を向けながら。その世界を親御さんとも分かち合いながら。そして子どもがきっかけになっている葛藤や苦しさ、矛盾や複雑さも前向きに受け止めて支え合いながら。

花吹雪の中で最後の思い出

2023/03/31

桜の花は散る時にこそ「・・・」。

その点々「・・・」の中に感じる世界を、日本では和歌や短歌で親しんできた理由がよくわかる季節です。

このあたりの別れを愛おしく包み合うようなことが、きっとみんな好きなんですね。

はらはらと散っていく桜と、ふき出てくる若葉の緑。このコントラストが美しい。

その下で花見を楽しみたいという気持ちがわかります。

今日は、例年にないイレギュラーな「お別れ遠足」でした。北区の飛鳥山公園で遊んできました。

ここは花見の名所になっており、今日は年度末、春休み、金曜日と三拍子揃って、幼稚園の親子サークルなど、大勢の花見客で賑わっていました。

桜の花びらが散る中で、遊び、お弁当を食べたのでした。

 

 

出会いと別れ

2023/03/29

引っ越しなどで3月末で退園する家族の方とのお別れ。「ここでの保育園で生まれたつながりは、ずっと続いています。終わりではありませんから、また遊びに来てくださいね。お便り待ってますね」とご挨拶。新しい場所での生活、仕事、子育て。素敵な楽しいものでありますように。何かを経験して、それが何かを残し、それがまた何かに変わり、出合い、また他のものとつながったりして変わっていく。確かに別れは辛いけど、仲間や世界が広がっていくと思えばいい。今の繋がりお助けツールはすごい。ソーシャルメディアは地理的な空間を超えていく。一緒にいても心が通っていないなら、他人のようなものかもしれません。あるいは、つながっているという感覚がないなら、あるいはコミュニケーションをとっていないなら、それは最初から別れているようなものかもしれませんし。つながっている感覚、何かあればすぐに連絡が取り合える関係なら、お別れというものは、ずっとないのかもしれません。それは死んでもつながっていることが実感できている親子のように・・出会いとお別れ。本当は何が出会い何が別れるのでしょうか。

令和5年度の担任を発表

2023/03/28

インフルエンザで休んでいた先生たちが元気になって、いつもと同じような日々が戻ってきました。保護者の皆さんにはご心配をおかけしました。また多くの方に家庭での保育にご協力くださり、心より感謝申し上げます。この間、姉妹園や知人の園から「友情保育」を受けて、支えていただきました。この恩は必ずお返ししなければ、と心に誓いました。

今日は来年度、令和5年度の担任をお伝えしました。保護者の皆さんへの公表は毎年このタイミングですが、園内ではもっと前に決めています。保育園には春休みというものがありませんので、3月31日まで保育が続き、翌日の4月1日(今年は土曜日なのでいつもと違いますが、全員出勤で新年度準備と研修会です)も保育があります。学校のような休業期間というもがありません。最も長い連続してお休みは、年末年始の12月29日〜1月3日の6日間です。したがって、長い休みの間に何かをまとまって準備するということができません。常に保育を継続しながら、他のことをやるということになります。

新しく入園する方のための入園式は、当園はしません。数が少ないことと保育の継続が優先だからです。4月3日(月)から「慣れ保育」がスタートし、その進展具合を見越して、その日からちっち(0歳)とわいわい(3歳)、4日(火)にこにこ(2歳)、5日(水)らんらん(4歳)、6日(木)すいすい(5歳)、7日(金)ぐんぐん(1歳)と、クラス懇談の時間を設けます。

新年度の保育書類も、印刷配布は全て廃止しました。入園された方には、一冊差し上げて、継続の方には改訂版は全てホームページからダウンロードできるようにしました。各種、申請書類なども同じようにしました。また児童票なども、保護者会の時に赤で修正してもらうだけです。行事は連絡アプリの「カレンダー」をご覧ください。それぞれの内容の詳細は、それぞれの行事名をタップすれば見られるようになっています。

 

初めて咲いた「桃の花」

2023/03/27

3月20日(月)。東京は桜の開花が例年よりも10日ほど早く、ニュースになりました。それと同じタイミングで、実は保育園でも「開花」したのです。お気づきでしたか?

令和元年の春、正確には平成31年の3月。開園を記念して花壇に植えた2本の木。一本は「みかん木」で、もう一本は「ももの木」でした。みかんの木は、すぐに「はらぺこあむし」の棲家になりましたが、ももの木は、ずっと沈黙を保っていました。ところがついに今年、花を咲かせたのです。我が園にもついに春の訪れを知らせてくれるシンボルツリーが誕生しました。4年ぶりです。しっかり命は生きているんですね。

インフルエンザの副産物

2023/03/24

(写真は3月19日 千鳥ヶ淵)

卒園式で子どもたちに「心」の話をしてから、なぜかずっとデカルトの二元論が気になって仕方ありません。私たちが自分のことを、心と体に分けて考えるようになって「本当はそうじゃないんだけどね」と頭の片隅で思いつつ、でもそう分けて説明しないと「大事なことが伝わらないんだよね」という事情もあって、そのダブルスタンダードはどうしたものか?と気になっているのです。こんなことを考えても、きっち埒が明かないのはわかっているのですが、熱が出て変な夢まで見たりするのものだから、その泥濘(ぬかるみ)にハマってしまうのでした。

どんな泥濘かというと、私たちは自分のことを「心身」と言ったり「脳で心を説明」したり、保育で「心の動き」などと言ったり、そもそも心理学が学問としてあるなど、心があることは誰も疑わないわけですが、でもそれを「意識」だったり「精神」だったり、人によっては「魂」だったり「霊」だったりと呼び名を変えながら、こんなに色々な文脈でその意味をやりとりしているにも関わらず、一向に「ものの世界」で一元的には説明され尽くされてないことに、どうしてみんな平気なんだろう?という泥濘です。

鉱物からウイルスや細菌、植物、昆虫、動物、恐竜、哺乳類、人間と進化を比べていくと、やっぱり人間は面白いけど面倒な経緯をいっぱい抱えていて、どこからか自意識が生まれ、再帰的で、動物はやらない表象を駆使して言葉や文化を創り出したり戦争したり学問をしたりしています。意味や目的や道徳が「物の振る舞い=情報」の中で、どこからどうやって今に至るのか、まだ突き止めておらず、自分達のことをまだよくわかっていません。いっぱしに、コニュニケーションは発達し、いろんな意味や価値を創り続けているつもりでいます。

一方で、その創り出している技術は、自分達で制御できなくなるほど肥大化し、本当にそのまま突っ走って大丈夫か?という危機感を拭えません。ちょっと度を越してしまったんじゃない?ちゃんとフォローできていくのかな? という感じは否定できないでしょう。どうしてこうなったのかを考えていくと、謎は深まるばかりで、たぶん、どんなに長くても700万年まえ、短ければ20万年よりこちら側、案外つい最近のホモ・サピエンスからの進化のプロセスの中で生起してきたものでしょう。きっと発生的なんです。その経緯をずっと夢想しています。きっとインフルエンザの副産物です。でも、この話、熱が冷めても、人の発達を考えると、ずっと避けて通れない科学の話になるのでしょう。

 

インフルエンザが猛威

2023/03/22

一寸先は闇。一晩で様相が一変します。職員がインフルエンザにかかり、保護者の皆さんには大変ご迷惑をおかけしています。申し訳ございません。職員はインフルエンザのワクチンは打っていたので、いくつもある予防策は抜かりなく講じていたわけですが、それでも蔓延するときは一気でした。昨年、一昨年と全くと言っていいほどインフルはなかったので、素人ながら、コロナが下火になった今がインフルにはチャンスなのでしょうか?感染のグラフをみると、今年もダラダラと低飛行で推移するのかと思っていましたが、当園には遅れてやってきました。ワクチンの効果も落ちていた時期でもあるでしょう。

よく病気の治療に対症療法と根本治療などと対比させることがありますが、今行っている感染予防対策は、人類の感染症との戦いの歴史から見れば、いわば対症療法のようなもので、本来の原因は、人の接することがなく閉じた環境で進化した菌やウイルスが、人の世界と接点を持ってしまったことに由来するでしょう。これだけ自然を資源としてみなして開発してきた恩恵と損害をどう見るか。どこにでも住んでしまう人間のグローバル化。それを止めるというのは至難のわざ。

だとすると、ワクチンや治療薬の開発が不可欠になっている現代社会で、何百万年もの自然淘汰にさらされて出来上がった私たちの身体なのに、つまりいろんなものに適応できるようになっているはずなのに、今度は私たち自身が急激に環境を変え過ぎて適応できなくなってきました。それは地質学では「人新世」と呼ばれる時代に入ったという考えがあるほどです。病原菌との接触もその一つ。ヨーロッパの人が南米などの大陸に病原菌を持ち込んで、その免疫のない多くの人々が病原菌で亡くなったように、今は地球規模で生態系が崩れ、私たちの生活の中にいわば「外来種」のように病原体が入り込んできたと見ることもできます。

ウイルスの世界でも競争があるようで、コロナウイルスもそうですが、それが新型インフルエンザと呼ばれていたことを忘れてもらっちゃ困るとばかりに、従来のインフルエンザが当園を襲っています。コロナが5月に5類になったとしても、その5類のインフルエンザで毎年3000人程度がなくなり、超過死亡の推計も合わせると1万人はいると言われています。年によって流行の差があります。今年はどうなるのでしょうか。

人類文明がここまで来てしまうと、きっともう引き返せません。温暖化は氷河などに封印されたいた病原体を地上に露出させるとも言います。地球規模で地理的な防衛線が突破されている以上、国や地域や家や施設の単位で守るか、個人の免疫力を高めるか。副反応が怖いワクチンは勘弁してもらいたいように、人工的に個人の免疫力を高める方法に依存していく予防医学も、本来的とは思えません。予防接種に完全に依存しているのが私たちの今の身体ですが。

いくつもの防衛前線(戦争用語で申し訳ないのですが)があります。知恵を出し合って協力していきたいものです。少なくとも施設が唯一の感染源、感染のフィールドのように捉えられると辛いです。確かに身体接触が不可欠な乳児のいる保育園では、濃厚接触をしないことは難しい。一方で子どもは罹患しながら免疫力をつけるという面もあります。斉藤幸平さんのように資本主義の限界を考えることも、温暖化を考えることも、むやみに資源を開発することを止めることも、早寝早起きの生活で免疫力を高めることも、家庭での清潔についての習慣作りも、それぞれが大事な「防衛前線」のように思います。総力戦なのです。できるだけ家庭や職場でも防衛していただければ幸いです。

 

保育園が大好きな子どもたちが卒園していくとき

2023/03/19

この二つの言葉に胸が詰まって困りました。一つは卒園する子どもに言われた言葉です。今日19日(日曜日)は卒園式があったのです。私にとって16回目の卒園式になりますが、これほど、この気持ちを子どもからはっきりと言われたことはなかったように思います。この言葉は14日の最初の卒園式のリハーサルの時に、聞いたのです。

「こうやって園長先生(私のこと)が前に立って、すいすい組(年長児・卒園児)のみんなに、『ご卒園おめでとうございます』って、いうから、みんなは座ったままでいいから『ありがとうございます』って、言ってもいいからね」と説明したのです。すると、ある子どもがこういうのです。

「おめでとうじゃないよ。保育園とお別れになるんだよ」。

ちょっと、怒っているかのように聞こえました。どうして、おめでとうなんだ! そうか、そうだよね。確かにそうだ。嬉しくないんだものね。保育園を卒園したくない。もっと保育園にいたい。そんな気持ちが強い子どもたち。ある子どもはこうも言っていました。「3月はあまりいいことがない。去年もすいすいさんがいなくなったし」。お別れが辛かったというのです。

そこで今日の卒園式本番で、こんなお祝いの言葉を伝えました。でも、正直言って私も涙が込み上げてきて、用意した原稿のようにはしゃべることができません。たしか、こんな風に話したつもりです(細かいところは違うかもしれませんが)。

「大きくなったら何になりたいか、立派に話してくれましたね。ちょっと恥ずかしかったね。でも何になりたいかは変わってもいいんだよ。世の中がどんどん変わるでしょ。ほら、みんなが入園した頃は、先生はこんなふうにマスクなんかしてなかったし、スクリーンにズームとかで映すことなんてなかったでしょ。・・・・だからね、みんなのなりたいことも、また変わっていいんだよ。・・・でもね、変わらないものがあるんだよ。それはね、なんだと思う? それはね、みんなの素敵な心です。ちょっと自分の胸に手を当ててごらん。いろんなことを好きになったり、やったりしたよね、みんなが保育園が好きだっていうのがよくわかります。・・・楽しいことをいっぱいやったから、保育園が大好きなんだよね。何かが好きになるって素晴らしいことです。みんなはそんな素敵な心を持っています、それはきっと変わりません。小学校に行ったらね、きっと面白いことや楽しいことがいっぱい見つかることでしょう。・・・」

(いや〜、やっぱり無理があるなあ。別れが辛いというのは、それはもうしょうがないです)

もう一つ、忘れられない言葉は、保護者の方からのお祝いの言葉です。仲のいい保護者の皆さんとの4年間。その時間をこんな風に表現してくださいました。ありがたい。

「・・・心を尽くしてくださる人に囲まれて過ごすことのできたこの保育園生活を通し、自分たちが生きる世界は素晴らしく信頼に値すること、明るい未来があることを先生方ご自身の姿で子どもたちに教えてくださいました」

子どもたちにとっての世界がキラキラしていますように。そんな生活がずっと続きますように。そして先生たちに感謝です。素晴らしい先生たち。

卒園式は、できるだけ多くの先生でお祝いをしたいので休日にしています。職員が贈るお祝いの歌は、必ずこの1年で多くの人が聞いたことがある歌から選ぶことにしています。今年は三浦大和の燦燦(さんさん)でした。難しかったあ。最後に、子どもたちから担任の先生にサプライズのプレゼントも(写真)。

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