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アートと保育

今回は「色の変化」に関心がシフト?<10豊かな感性と表現>

2024/05/16

「明日は汚れてもいい服での登園のお願い」をさせてもらいました。スモックだけでは防ぎきれないダイナミックな動きのために、そこを気にしてしまうともったいないから、なのでよろしくお願いします。というのは、こんな経緯から。

🔳今日は子どもたちからのリクエストの絵具遊びをしました!今回もご協力ありがとうございます。 今回は、準備段階からみんなに手伝ってもらい、リクエストの色をみんなに作ってもらいました。前回は、豪快に絵具の感触を全身で楽しむ姿があり、今回は、絵具の色の変化を楽しんでいる様子が見られ、この活動の面白さに気づかされました。 「さあそろそろごはんだな~」と伝えると「まだやる!」と。またやりたいと思います(^^♪

スポイトを使って、青の中にピンクを入れ、混ぜ混ぜ。スポイトを使いこなしていました(^^)/

今日もAくんは、足と手に豪快に塗ります!絵具の感触は本当に面白いですよね!

混ぜた色を足に付けていきます。 Aくん、真剣モード!

混ざりあう絵具の足跡。

Hくんは、文字に興味があるので、絵具の筆でもお名前を書いていました!豪快に描けることが嬉しそうでした。

Hくん混ぜた色を描いていくと、「むらさきになってた!」と。混ぜた時と違う発見があったようです!
Aくん、Hくん、それぞれ水に混ぜた絵具で紙の上に描きます。 時々顔を合わせながら、お互いの色が混ざり合うのを楽しんでいました。
Sちゃんは丁寧に丸い筆に色を付けていきます。sちゃんにとっては、筆もパレットも作品のようで、細かく塗っていました。
大好きなピンク色も大人と一緒に作り、描いていきます。
Yちゃんも、パレットを片手に、まるで画家さんのようでした!
(今日のドキュメンテーションより)

<担任の振り返り>

前回と違って、今回は「色」がテーマだったように感じる。絵具の混ざり方や変化を楽しんでいた。S、Yは、色にこだわり、きれいに色を作っている印象があった。Hが、混ぜているときには色に気づかなかったのか、紙に描くとむらさき!!とキラキラした目で伝えることがあった。このような発見から色との出会いや不思議さに気づくきっかけになるのかなと感じた。

<⒑豊かな感性と表現>

心を動かす出来事などに触れ感性を働かせる中で、様々な素材の特徴や表現の仕方などに気付き、感じたことや考えたことを自分で表現したり、友達同士で表現する過程を楽しんだりし、表現する喜びを味わい、意欲をもつようになる。

今日も商売繁盛のラーメン屋さん<3協同性>

2024/05/16

「すいすいさん(年長さん)たちが、作ったラーメンも、本格的になってきたんですよ」と先生も目がキラキラ状態がずっと続いています。

午前中は散歩に行ったり屋上で遊んだりしていた子どもたちが、園に戻ってくるとベランダの砂場と隣のアトリエ空間に入り浸りで、わいわいと活気あふれる空気がずっと流れています。

先生に「ずっとやってるねえ」というと、子どもが私に当たり前でしょ!というような勢いで、「もう、ずっとず〜っと、あしたも、ず〜っとやるんだから!」と口を挟んできました。遊びが面白くてゾーンに入っている状態です。そこからうちの法人は従来のコーナーをゾーンという名前に変えた経緯があるのですが、その集中度は子どもが作っているものにも現れていますね。

<3協同性>友達とかかわる中で、お互いの思いや考えなどを共有し、共通の目的に実現に向けて、考えたり、工夫したり、協力したりし、充実感をもってやり遂げるようになる。

チョコが溶けてセロテープがストローに変身した

2023/10/24

毎週火曜日の午前中は、年長さんが3人ずつ3グループに分かれて、いろいろなことをします。私が相手をした3人はNK さん、NYさん、KSくんの3人でした。乳児用の遊具作りや生き物のお世話、装飾のお手伝いなどをしてもらうのです。今日は子ども用の実験セットを準備する予定だったので、それを手伝ってもらったのですが、その前にある実験をしてみました。この子たちは科学とか実験とかが好きなんです。そこで私が選んだテーマは「溶ける」です。

子どもの身近な生活の中には「溶ける」という現象がいたるところで起きています。しかし、同じところに重なっている存在の現象は難しいのです。三様態も見えない気体が液体になる「結露」とかも難しい。「コップの中の水が伝わってこっちにきた」と言った理解をしていることを、この日記で報告したことがあります。

でも、子どもなりに面白いと思うことがないかと考えていたら、昨日月曜日の夜のテレビで、美味しさを競う料理番組があり「口の中で溶ける」という話をやっていて、そうか!と思い至りました。毎日食べているものが口の中で溶けるということなら、子どもは体験している。それを目の前で再現するというのはどうだろう?

すると今朝、保育室にあった本に「マーブルチョコレートがお湯に溶けて花びらの模様を作っている写真」が目に入りました。そこで早速やってみたのです。近くのコンビニにそれを4人で買いに行き、紙皿に「近い色の順番に」並べます。(写真1)

それに電気ポットで沸かしたお湯を、紙皿中央にゆっくりと注ぎます。するとチョコのコーティングが溶け出して、綺麗な模様ができ、3人から歓声が上がります。(写真2・3)

お箸で一粒ずつをひっくり返してみると、裏側が白く、色がなくなっています。このあたりからICレコーダーもオンにして会話を録音します。「白くなってる」(コーティングしている色が溶けて、下地の白が出てきている)「チョコが目みたい」(紙皿と接触していた部分が解けずに白い下地にポツンと残っているから)などと色々言います。でも溶けたという言葉は出てきません。そうか・・と思いつつ、これが口の中でも起きているんだよね、と話を進めて、一粒ずつ舐めてもらいました。3人とも、こうなることを最初から期待していたので、超ご機嫌です(笑)

ザラザラしてきて、ツルツルしてきた頃に鏡で口の中を見てもらうと、白くなって舌の上に乗っています(写真4)。

チョコは口の中で溶けるということと同じだとは、あまり感じないように見えましたが果たしてどうだったのでしょう。

今度は、透明アクリルのコップに一粒ずつ入れてお湯を注ぎ、割り箸で混ぜると、色水になって、白い粒が溶けずに残ります。どうも白い部分は色のところより溶けにくいようです。

その次に、どうして「トイレではトイレットペーパーじゃないといけないの」という私からのお題です。コンビニに行く途中でもらったポケットティッシュとトイレットペーパーを、溶かしてみました(写真5)。

すると結果が歴然で、ティッシュは水にほぐれることもないのですが、トイレットペーパーの方はドロドロ状になっていきます。これは厳密には溶けるということではないのですが、NKさんは「溶けた」と言い、NYさんは「わかった、トイレが詰まるから」という話まで結びつけています(写真6)

その後が面白い展開になりました。3人とも他のものではどうなるのかをやり出したのです。石を入れたり、砂を入れたり、そしてNKさんが面白いことを発見しました。セロテープを数センチ入れたら、「みて、みてストローになった!」というのです(写真7)。

私もそれは驚きました。そして混ぜ続けると、透明なセロファンになって「こうなったよ。でもくっつかない」と広げて見せてくれます。ノリが溶けてただのセロファンになったようなのです。私もそれは予想していなかったので、自分でもやってみましたが、確かにそうなるのです。

クラスに戻った3人について、担任は「またやりたい、すごく言っていて、とても面白かったようです」とのこと。チョコレート効果ではないといいのですが。このような活動は、少し大人側が主体性を発揮して活動を構造化する必要があるのですが、これまで絵の具や花びらで「色水あそび」はやってきたものの、それは色が変わる、綺麗になった・・の方へ注意が向っていたのですが、解けること自体に関心を持って「じゃあ、これはどうだろう」と試してみるという自発的な探究へ向かうには、そこまでの〈滑走路〉が必要だという感じがします。

こんなことを、いろんな場面で何度も繰り返していくことで、どうなっているんだろう?いいこと思いついた!(今日も数回、どの子からも、この言葉が出たのですが)という活動が増えていくのではないかと感じたのでした。

 

受動的な気づきから自覚的な気づきへ

2023/09/11

こういうことが、STEAMの基本なんだろうな、と思います。あれ、色が変わっていく、面白いな、という感じだったらしい。4歳児クラスの男の子。10月で5歳になる。こういうところに注意が向くようになってきたんですね。

私たちが「もの」の世界の法則(物理や化学や地学など)を理解していく学びは、本人がその世界が面白い!と感じながら、その世界に入り込んでいけるといいな、と思います。

いろんな刺激を受動的に受け止めていた乳児のころ。水や色で遊んできた体験のなかから、彼なりに、慣れ(馴れ)親しんできたとこ(現象)とは違うこと(新奇性)に気づいた(発見)したようです。それまでのこととは違う、新しいと感じることと同じような体験を重ねることで、ある種の規則(法則)を気づくのかもしれません。

以下は、9日の先生のブログです。8日の出来事です。

・・・

絵の具遊びでスポイトを使っているうちに、だんだん水分が増えて「色水」になってきたので、そのまま水道台へお引越し。色水遊びになりました。

色水に、水道水が足されていくと、だんだん透明になっていく様子に気が付いた らんらん組のRくん。


「色がなくなった!」と、実験を繰り返していました。

(蛇口の下のカップの、水の色の変化に注目!)

 

真剣なまなざしです。

にこにこ組のAくんは、さまざまな色を作って、きれいに並べていました。

 


Rくんが、「これ、凍らせてみたい」とのことで、遊び終わったあと、冷凍庫へ。週明け、どんなふうに固まっているでしょう…!?カラフルな氷ができるかな?と大人もちょっと楽しみです。

大人が模造紙にクレヨンで絵を描くと、その上を絵の具で塗ってみる すいすい組(5歳クラス)のYちゃん。

「あれ?!塗れない〜!」と、クレヨンが絵の具をはじくことを不思議そうに発見していました。


Rくんも、同じように試してみます。

遊びの中でさまざまなことを発見し、不思議がり、試し、繰り返してみる子どもたちです。その子なりの世界の広がり方が面白いです。

遊具や装飾作りのお手伝い

2023/08/29

毎週火曜日は、年長すいすい組の「お手伝い保育」でした。事務所担当の私は、来月から使い始める天体望遠鏡を棚から降ろして、その使い方を説明しました。それだけでは面白くないので、玄関からレンズ越しに遠くの建物を見せました。カレー屋の看板や道路の交通標識などが「見えた!」「でっか!」など、はしゃいでいました。

もっといろんなところを見たいと言うので、3人を園外に連れ出して、隣のビルの1階から神田川を挟んで、北側の和泉橋やヨドバシカメラなどの方面を観察してみました。

続いて先週から作り始めた光遊び用の「色セロファン」での形カードづくり。前のチームは三角と四角を切ったので、今日のチーム3人は「丸」と「好きな形」にしました。

「好きな形」となると「ハート(マーク)がいい」というのですが、ハサミではうまくその形になりません。そこで二つに折って「つ」の字に切るとハート形になる切り方を教えました。切る線をマジックで書いてあげ、その線に沿って切ってもらいました。そしてラミネートをして、ライトボックスの上に乗せて、色の変化を楽しんでいました。

こんなことをしていると、体を動かしくなったので、散歩に行くことになりました。でも今日も外は暑いので運動ができません。そこで神田川を挟んで向かい側に立つ和泉橋出張所の中を探検した後、その隣の書店に入って絵本コーナーを見てきました。

最後に、水鉢に浮かべていたほおずきを洗って浮かべ直しました。もうすぐ葉脈だけになった「透かしほおずき」ができそうです。

「作る」を経て「使う」へ

2023/08/22

今月8月から年長組による週1回の「お手伝い保育」が始まりました。今日は事務所担当(つまり園長担当)の2回目でした。年長の子どもたち9人が3人ずつ0〜1歳、2歳、事務室に分かれます。私のところにはKさん、Yさん、Sくんの3人がやってきました。私は主に生き物のお世話や、教材作りを手伝ってもらいます。

今日の教材作りは2つ。一つは、階段に掲示してある「お月様」に、「きのう」「きょう」「あした」の三匹の「たぬき」を作ってもらうこと。もう一つはライトボックスの上で、図形を並べて遊ぶための遊具です。

「たぬき」は「今夜はここだよ!」と教えてくれるためのものですが、そういうものを作ってほしいというと、わかった!こうするといいよ!と張り切って作り方を話し出します。「画用紙にたぬきを描いて、切って、周りをセロテープで貼って・・・」。「そうそう。じゃあ、テーブルを用意しておくから準備して」というと、早速、クレヨンと画用紙をクラスへ取りに行きます。

絵本「つきよ」に出てくるたぬきをモデルに描きます。できた絵は、透明な名前ケースに入れて手すりに結びつけて、ずらせるようにしました。

百均で買った色セロファンを、ハサミで四角や三角の形に切り、ラミネートをします。ヒラヒラして柔らかく、手につきやすいセロファンをハサミで切るのは難しいのですが、私がマジックで引いた線に沿って切り抜いてくれました。ラミネートをかけるところを見たのは初めてらしく、触っていい場所を確認したり「出てきた!」「あったかい」など気づいたことを色々話してくれます。

赤、青、黄、緑の4種類の四角、三角ができました。すかしてみると「おもしろい」「ねえ、みてみて。赤いよ」と、その色で見える景色を眺めています。机の上に乗せて見るのと、明るい場所にすかしてみるのとの違いなどを、色々と気づいてくれたら。ライトボックスは7月の納涼会でも使ったので覚えているらしく、明るさを変えたり、できた図形を並べてみたりしました。早速、重なったところの色が変わることをしばらく楽しんでいました。

この教材作りは、3人ぐらいでやるのがいい。光遊びの遊具は、すでに同じようなものが市販されているのですが、それを「使って遊ぶ」に留めず、あえて「作ってみる」ことで、それが出来上がるまでに、予想しなかった仕組みに気づいたり、難しいことに出合ったり、どうやったらできるかを考えたりする機会になります。子どもたちもそこが面白いようです。

 

ゆっくりと秋を迎える準備を始めます

2023/08/07

ゆっくりと秋に向けての準備。夏の夜空といえば、今は花火が話題ですが、あと1ヵ月もすれば秋の話題が聞こえてきます。長新太さんの絵本「つきよ」の表紙をちょっとお借りして、「今夜のお月様はどんな形だろう?」と、たぬきさんが、月夜めぐりを楽しむ階段にします。

今年は9月29日金曜日が十五夜です。その前の半月「はんげつ」になる頃、保育園では天体望遠鏡を出してお月様を観察します。

レンズの向こうに金細工でできようなお月様が見えると楽しいのです。

満月の時刻ではお迎えの時間に間に合わないからです。早めにお月様が顔を出してもらわないといけません。

毎日変わっていくお月様の形を追いかけていくのも楽しい時期になります。その装飾の準備を始めました。来週子どもたちと完成させます。

美味しかった七夕のカップゼリー

2023/07/07

七夕会は所どころ、入園見学の方と一緒に見ました。子どもは楽しかったことや面白かったことを再現させたがります。それは実際に「もいっかい」とやることになることもあるのですが、たいていは再現遊びになります。

今日は行事食だったので、いつもよりもちょっと凝ったメニューだったのですが、夕方の自由遊びの時間に、今日のおやつのカップゼリーを制作している子がいました。ブルーハワイ色のゼリーには炭酸も入っていて、食べるとプチプチ弾ける清涼感も味わえました。

そんなときに、「子どもはスキルを学びたがっている!」と強く感じます。こういうのを作りたいというイメージがはっきりしているときに、とくにそうなります。どうやったらカップゼリーが作れるか。その4歳児の女の子は、その味や美しさに心奪われているのでしょう、どうしても作りたいという熱意が伝わってきます。実物と同じ透明なカップに、青いゼリーを入れるのですが、過去にソフトクリームでやったことがあるらしく、テーパータオルをクシャクシャにして丸くすると、青色の折り紙で包み、その丸くなったぜリーをカップに押し込みます。

その上に黄色い紙を星形に切って(そこは私が手伝いましたが)セロテープでくっつけました。ほとんど自分でできたのですが、出来栄えに納得しているようで、うれしそういです。ところが実物の写真とくらべて何か違うと気づきました。白いクリームが抜けていたのです。またすぐに星を外して白い紙の上に載せなおしました。お迎えに来た母親にもその制作物をみせ、展示食ケースに入っている実物を親子でみていました。

私は模倣というのは人間の本質的なところに働く何かだと思うのですが、心動かされた世界と出会い、その魅力をもう一度味わいたいから、言い方を変えればもっとよく知りたいから、再現させているように見えます。それを繰り返しながらさらに、そのことが好きになり、その世界へ入り込みながら、またいろいろな差異に気づき、さらにもっと知りたい、できたいとつながっていくのでしょうね。

水遊びにおける表出から表現へ

2023/07/06

水遊びは気持ちを解放させてくれる。その文章表現を見て、ちょっと考えることがありました。当園の夏の「保健だより」にそう書いてあります。今日は屋上やベランダで子どもたちが、バシャバシャと水をかけあってキャーと声をあげて遊んでいる姿を見ると、健康的ないい活動だなあと実感します。

そこで、そうか!と気づきました。水という媒体とのこの「かかわり方」を領域表現で大切にしているプロセスと重ねあわせてみると、気持ちが解放される子どものありようのこと、つまり表現以前のことと思われる中に、表現へとつながっていく何かがあるな、と気づいたのです。

確かに保健的な養護的な側面と、なぐりがきをしたり、新聞紙をちぎっては投げあげたり、かえ歌をある種デララメに歌って、繰り返し口ずさんだりしている教育的な保育内容的な姿との重なり合いです。

それは感覚的、感性的にうちから出てくるエネルギーがあって、それが表出されているのですが、それが一旦十分に楽しまれた後で、さあ、水ってこんな感触があって面白いね、と改めて向かい合っていきたいと思います。

水というのは固定されにくいので、ジョウロや色水遊びのように別の何か容器のようなものを介するか、雨や川や海のように自然にあるものを利用するか、あるいはコップや水筒や食事などの「飲む」という、もっと生活に密着したものもあるかもしれませんが、いずれにしてもを水を表現の媒体にはしにくいのですが、身体的なかかわり方の対象としての水を考えることは大事です。浮く、沈む、泳ぐという身体的な体験も領域健康としても、これから始まるわけですが。

それを造形や音楽や劇やダンスとは同じように扱えませんが、身体的な水遊びではしゃぐ姿を見ていると、領域環境では何か対象化されすぎているようにも思えてきます。色水遊びや絵本の楽しみ、水族館で見た生き物たちの水中での動きなどがつながっていくときに、子どもが自分の身体と水との間に何かしらのコミュニケーションがもっと起きていでしょうし、実際にすでに対話が繰り返されているだろうからです。

 

色々なことの「いつ頃から、どのように?」

2023/07/03

伝統的な行事と言っても、それには必ず歴史的な起源があるはずです。日本に根付いているものが、いつ頃どのようにできて、またどう変わってきたのか。はっきりしているものから不確かなものまで色々です。七夕はどうなのでしょう。なぜ「たなばた」というのか、についても諸説あるようです。その話はまたの機会にするとして。

さて、保育園にも笹に願いごとを書いた短冊が飾られています。昭和や大正のころの願い事は、機織りや習字が上手になりますように、といった生活上切実なものだったのでしょうが、今ではそういう願いとはいささか違いますね。

保育の活動としては、七夕飾りの製作や装飾を楽しんでいます。飾りは折り紙などを使って、色々な形になるのが面白いですね。四角い紙が、切れ目の入れ方はひねり方、糊でくっつける場所の違い、輪にしてつなげてみたり、「色とりどり」になっていく、できている中に「わあ、きれい」「こんなになったよ」が色々できて、そこには確かに「いいね」「きれいだね」ができていきます。

そういう美への感性が育つのは、どんな時なのだろう。ということを改めて考えてみると、考えれば考えるほど、結構、謎めいてきて大人にとっても面白いテーマです。確かに「それいいね」はあるので、それをを作っていくことが楽しいのですが、子どもにもその差がわかるとすると、いつ頃どのように芽生えてきて、どのどうに育っていくのでしょう。

私の世代は橋本治を読んだり、一つ上の(つまり10年上の)世代は吉本隆明の「言美」だったりしますが、どうして「美しい」がわかるのか、や何かにとっての美とはなにか、ということも、「いつ頃どのように」の経緯がありそうです。孔雀の羽が美しいのを、雌の孔雀がそう思うのなら、動物にも「それがある」ということなのでしょうから、さて、それは人間の「それ」と同じなのかしらん?などと考え出すと、果てしない美の冒険となっていくのでしょう。

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