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園長の日記

わいわいはズッキーニのグラタン

2025/08/06

3種類のズッキーニを薄くスライスして、ベーコンやチーズ、ホワイトソースをサンドイッチしました。

それぞれ好きな順番で重ね、調理室で焼いてもらいました。高級ランチレストランのように香ばしい香りがして、幸せそうに食べていました。

 

にこにこの味の探究はブロッコリー・カリフラワー・ロマネスコ

2025/08/06

今日の野菜の味覚探検は、ブロッコリー・カリフラワー・ロマネスコの3種類。ロマネスコという野菜は馴染みが薄いかもしれませんが、カリフラワーの一種です。サクサクと、あっさりした感触の味わいです。

今日の活動で驚いたのは、この活動は回を重ねるたびに、にこにこ組の子どもたちが、野菜を食べることにとても意欲的になっていることです。4月のアスパラガス、5月の豆類、6月のヤングコーンと、今日が4回目ですが、食べる前から手を荒らい、席につき、始まるのを待っている姿からして可愛い!と思いました。

その後の展開の詳しい報告はまた改めてさせてもらいますが、最後は3つとも食べて、おかわりのリクエストのあとで、まだ「食べたい」気持ちがあるけど、もうお終いにしないといけないから、がまんしている姿が愛おしいかぎり。その後の、給食でもまた意欲的に食べていました。

余談ですが、昨日卒園児がSSSで保育のサポートに来ていたのですが、小学校で苦手な野菜がでると苦労しているようでした。彼女曰く「楽しいはずの給食が苦痛」というのです。また午後に実習オリエンテーションに来ていた短大生にその話をすると「私たちのそうだった」といいます。

食べ物が好きなる方法が歴然とあるのに、そのやり方を学ぼうとせすに、また子供の意見や気持ちを尊重せずに、ただ精神主義で食べさせるというのは、もはや子どもの権利条約違反であり、人権侵害なのですが、どうもその感覚が希薄なようです。

当園の食事の様子をみてもらいたいと、切に願います。当園の困ったことは、子どもが食べないのではなく、食べ過ぎる方です。もっと食べたくて、食べすぎないように気をつけてあげることの方が多いかもしれません。

(おまけ)ロマネスコの形は、数学の幾何学ででてくる「フラクタル」が視覚的によくわかります。その説明がよくわかるサイトがあったのでご紹介します。

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ロマネスコの花蕾部分には、数学的な法則が隠れていること、ご存じでしたか?それは「フラクタル=自己相似性」というもので、図形の全体を一定の法則でいくつかの部分に分解していった時に全体と同じ形が再現されていく構造です。たとえば、正三角形の中に正三角形を作っていく、こちらもそうですね。

栄養士を目指す学生の実習オリエンテーション

2025/08/05

近くの短大で栄養学を学ぶ学生さんたちが毎年9月に実習きます。今日はそのオリエンテーションでした。3人が1週間ずつ来ます。うちの栄養士が二人で保育園での調理業務や栄養士の役割を説明し、そして私が保育園がめざしている食育活動の全体像を説明しました。

保育園は給食を作って昼や間食の食事を提供しているのですが、それだけではなく食育としての「食の営み」というものがあって、それを国はわかりやすく5つの子どもの姿で例示しています。当園もそれを採用しています。その5つの姿になるように、いろいろな食育活動をしています。

・・・・・「保育園の食育2025年」より・・・・・

千代田せいが保育園では、楽しく食べる子どもに成長していくことを期待して、5つの子ども像を目指しています。

① お腹がすくリズムのもてる子ども

② 食べたいもの、好きなものが増える子ども

③ 一緒に食べたい人がいる子ども

④ 食事づくり、準備にかかわる子ども

⑤ 食べものを話題にする子ども

子どもにとっての食事は、身体の成長・健康を維持に加えて、食習慣の基礎作りとなる大切な営みです。毎日の食事は、安全でおいしく、そして何よりもみんなと一緒に食べて楽しいものでなければなりません。また、食事は栄養を摂取するということにとどまらず、精神的、社会的、文化的そして教育的にも大切な生活行為です。千代田せいが保育園では、子どもたちのお腹も心もいっぱいにできる食事づくりに努めてまいります。

・・・・・・

 

なわとびで育つもの (ア 健康な心と体)

2025/08/04

年長さんのお泊まり会(7月18日)の前ごろから、幼児クラスは縄跳びが流行っています(7月17日・29日の保育ドキュメンテーションをご覧ください)。

縄跳びは、運動面も育ちますが、跳ぶたびに数えるので数(カウンティング)も覚えますし、どうやったらうまく跳べるだろう?という考える力も育ちます。またどうやったらうまく跳べるかを話し合ったり、伝え合ったりする言葉も育まれています。

今日見ていたら、先生たちが、文字や数を「書くこと」にも発展させていました。自分の名前、日付、何回飛んだという数字、跳び方(まえまわし うしろまわし、など)や感想などを書き込んでいます。わからない文字はひらがな表をみて真似したり、友達に聞いたりして、覚えていきます。

もっとたくさんとべるようになりたい!という意欲が、いろんな活動に広がって、いろんな力を育んでいます。

納涼会パート2(卒園児同窓会)

2025/08/02

午後は、卒園児家族があつまる納涼会パート2です。お昼ご飯として、焼きそばとフランクルとスイカを食べながらの懇親会。

かき氷と綿菓子も食べ放題です。そのあとは子どもたちはボール当てゲームやスイカ割りを楽しみ、親御さんたちは久しぶりの再会に、話が弾みました。

最後はビンゴゲームで子どもたちは景品もらってご機嫌でした。

当園の場合、学年を超えた交流があるので縦のつながりもあります。卒園児は小学校5年生が最年長です。転園された家族も参加してくださり、昔からいる先生が多いので当時を懐かしんだり、同窓会のような雰囲気で旧交を暖めることができました。

この企画と運営は、保護者のみなさんが主催してくださったものです。こころより感謝申し上げます。

◾️集合写真は、ホームページの「行事」(パスワードあり)に掲載しました。

 

納涼会パート1(在園児)

2025/08/02

午前中は在園児の納涼会でした。心配した台風9号は東側へ外れて、予定通り開催できました。

今年は納涼会で初めて「わらべうた」コーナーを設けて、乳児から幼児までの、親子でできるわらべうたを一緒に楽しみました。

ほかのコーナーは、2階を食事コーナーにして、わたがし、フランクフルト、かき氷(1階外)。3階でボーリング、ヨーヨー釣り、的当て。

時間を決めてスイカ割りもしました。卒園前に転園した親子との再会もできて、楽しい時間を過ごすことができました。

また、3年生以上の卒園児によるお手伝いも助かりました。ご協力ありがとうございました。

お祭りの前のワクワク感を思い出そう!

2025/08/01

さきほど、明日の納涼会パート2の準備に参加できることになった卒園児が、涙ぐんで喜んでいた姿をみて、子どもの頃のワクワク感に思いを馳せました。

子どもの気持ちを想像することを大切にしているのが保育なのですが、明日の納涼会を前に、子どものワクワク感を感じるシーンが、他にもたくさん、ありました。私も子どもの頃に、地域の神社などで開かれる祭礼などにでかけるのを楽しみにしていました。射的やヨーヨー、金魚掬いなどに心奪われていたことを思い出します。

大人になっても覚えているのは、子どもの頃のわくわく感が、こころを前向きに駆動させるプロトタイプの一つなっているから、かもしれません。つまり、小さい頃にわくわくする体験そのものが、体験内容以上に大切なのかもしれません。

射的だろうと、綿菓子だろうと、その好きなものが<未来からやってくる>感覚で、未来にを待ち受けること。辞書的には「期待や喜びによって心が浮き立ち、落ち着かない様子」となっているのですが、その心が浮き立ち、前のめりな感じは、自発的な気持ちがもっともキラキラしている幸せな時間の一つかもしれません。

 

にこにこたちの連帯感のようなもの

2025/07/31

見てはいけないものを見ようとして、拒まれたわけではありません。にこにこ組の子どもたちが、いつものようにお昼ご飯を食べていました。ある子どものそばに寄って「どう、おいしい?」と聞いてみたのです。

すると、おかずのお皿に、ご飯がお茶漬けのようになっていて、それをスプーンで混ぜながらNちゃんが「見て」といいます。「どう、◯◯でしょ」と、披露したい、ちょっと見てほしい、といった感じなのですが、◯◯のところが、わかりませんでした。

ところが、その前に座っていた、Kんが「見ないで」と言い出したのです。お茶漬けのようになっている、そのお皿を見ないでと言っているのか、それともお友達の様子を見ないでと言っているのか、あるいは自分のことを見ないでと言っているのか、よくわかりませんでした。それでも「見ないで」というのを繰り返すので、ごめん、ごめんと退散したのです。

ところが、周りにいた子たちも「見ないで」と、いう言葉が感染し、私のほうに目をやって「見ないで」と言い出したんです。ちっち、ぐんぐんの頃から、一緒に生活してきたこの子たち。自分たちと違う他者である私との間に一線をそこに引かれたような気がして、私がこの子たちとは違う存在であり、仲間ではないんだと言う宣言を受けたようにも感じました。

そういう「自分たちと他者」と言う区別ができるようになったのかな?と、そうだとしたら、にこにこ組(2歳児クラス)なりの、それも成長かもしれません。そこに、彼らの仲間同士のような絆や連帯感のような気持ちもできたのかもしれません。

 

高校生が保育体験に

2025/07/31

都内私立中高の高校生1年生が4人、保育体験に来ました。昨年も夏休みにきた4人で、子どもたちが好きだそうです。ちっち組で4人が順番に紙芝居を読んであげたり、わらすで遊びの相手をしてあげました。4人に書いてもらった感想を紹介します。

「大きくなってからくることで違った体験ができました。大きくなってから見ることで子どもの世界はとても素敵なもんだと思いました」

「絵本をよむとみんな喜んでくれてうれしかった。乳幼児とコミュニケーションをとることがむずかしかった」

「一番大きい子と一番小さい子といっしょに遊んだりお話ししたりしました。みんなとってもかわいく、また子どもの接し方の勉強になりました」

「わいらんすいのクラスはちっちに比べて意思がはっきりしていて驚いたが、あんな積極的に話してくれて嬉しかったし、また来たいなと思いました」

こうやって将来、保育の道を選んでくれたら嬉しいですね。

 

実習オリエンテーション

2025/07/30

9月1日からくる保育実習生のオリエンテーションがあったのですが、部分実習とか責任実習という概念がいまだにあって、どうにかならないものか、と思います。なかなか「止揚」されていないのです。この言葉が意味するものが、保育者が子ども集団を主導する活動を指すのだとしたら、また環境を通した保育ではないのだとしたら、それは時代錯誤の言葉になりかねません。

また指導案という言葉も誤解を生みやすい「装置」です。子どもの生活のある部分だけを取り出して、そこに教育的な核があるという前提で保育を組み立てるという発想だとしたら、それはもう古い気がします。ある活動だけを書類の計画として書き起こし、その計画をめぐって実際にどういう保育ができたか、できなかったかという議論をするとしたら、子どもの成長のプロセスとずれが生じます。そこを考えるために大切な視点がいくつかありそうです。

その前提となるのは、このような事実でしょう。

まず人間が生きている時間のなかに、大人の意図を色濃く反映させる活動があるのは確かで、その意図性が教育の質をよくしています。お稽古事をイメージしてもらうとわかりやすでしょうか? ただ生活や遊びの活動の流れや文脈を無視するわけにはいかないので、子どもの主体的な活動を重視することになります。それにあっていると、子どもも楽しくなって、レッスンも続くのです。本人のリズムにピッタリあってくると、自分から意欲的に取り組むようになっていきます。

したがって、一つ目に大切にしたい観点は、トータルな環境が用意された中で、どんな活動が生まれているか、ということにまず着目してみるということです。その環境からどんな呼びかけが聞こえてくるのかは、子どもによって、また同じ子どもでも状況によって、変わってくるものなので、その環境との応答性や相互作用で誘発されることをよく観察し、それを通して子ども理解を深めるといいでしょう。

二つ目に大切にしたい観点は、子どもの姿をとらえるときに、その都度現れてくる姿とどうじに、そこに至る長期的な視点を重ね合わせてみるということでしょう。

まず短期の視点。ほんとうに短い、瞬間の捉え。子どもの意味ある生活というのは、その都度の状況の変化に対して、保育者も波乗りのように乗っかりながら、動いていくものです。あらかじめ決めた活動内容をその通りにやるようなものではありません。子どもの興味や関心は移ろっていくものなので、あるときは感情が波立ち、身体が活発に躍動するときもあれば、心静かに佇み、まどろむこともあります。

その一方で、長期の視点というのは、発達過程と呼ばれていることを思い浮かべてもらってもいいのですが、少し長い目で見た時の育ちの流れの中でとらえる視点です。週や月での変化や見通しもありますし、もう少し長い半年とか一年といった長い変化のなかでとらえることもあります。

つまり、いま遊び込んでいる姿から次の活動を思い浮かべていくとしても、大人がその時に見えてくること、感じること、思いつくことには、ここでいう長期的な見通しを背景にしたときに、見えてくることを踏まえる必要があるのです。

例えば「単にそうしている姿」にみえるものでも、それまでの経過を知っている大人からすると「今日初めて、自分でやったんですよ」という姿かもしれないからです。

指導案というものを作るとしたら、これらの複数の視点から捉えることになります。私たちが実際にやっていることがそういうものになります。その上で、部分実習や責任実習をどう捉えるか、という話を学生としました。実習のなかでそれを実際に体感してもらえると嬉しいです。

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