さきほど、明日の納涼会パート2の準備に参加できることになった卒園児が、涙ぐんで喜んでいた姿をみて、子どもの頃のワクワク感に思いを馳せました。
子どもの気持ちを想像することを大切にしているのが保育なのですが、明日の納涼会を前に、子どものワクワク感を感じるシーンが、他にもたくさん、ありました。私も子どもの頃に、地域の神社などで開かれる祭礼などにでかけるのを楽しみにしていました。射的やヨーヨー、金魚掬いなどに心奪われていたことを思い出します。
大人になっても覚えているのは、子どもの頃のわくわく感が、こころを前向きに駆動させるプロトタイプの一つなっているから、かもしれません。つまり、小さい頃にわくわくする体験そのものが、体験内容以上に大切なのかもしれません。
射的だろうと、綿菓子だろうと、その好きなものが<未来からやってくる>感覚で、未来にを待ち受けること。辞書的には「期待や喜びによって心が浮き立ち、落ち着かない様子」となっているのですが、その心が浮き立ち、前のめりな感じは、自発的な気持ちがもっともキラキラしている幸せな時間の一つかもしれません。