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園長の日記

成長展のためのミニ連載(9)生活と遊びの関係

2021/02/09

子どもに「遊んでいいよ」というと、広い空間から走り出したり(動き)、こっちにおいでと鬼ごっこを始めたり(競争)します。手にしているスプーンを楽器の様にテーブルに打ち鳴らしたり(動き)、投げたり、転がしたり、予想できないような動きの行方や結果を楽しみにしたりします(偶然)。そしてもう1つ、生活から一気に遊びに転換させるものに「模倣」があります。

今日9日のちっちのブログをご覧いただくとわかる様に、生活が「遊び」になるとき「模倣」が大きな役割をになってることが改めてわかります。子どもが遊び始めるときに、何かの物を何かに見立てることをし出します。今日のブログでは、食事をし始めるときに、テーブルに座っていたのは人形さんで、しかも自分のエプロンをつけていました。人形を自分に見立てて、あるいは人形を自分の分身、アバターになってもらい「エプロンをつけてあげる相手」を作り上げていたように見えます。

洗濯物を干すという生活の一シーンを真似て、パーテーションで靴下を干している子どもはそれをやっているときに「遊んでいる」という意識はないかもしれません。子どもの行う行動を、ここまでが生活で、ここからが遊び、というようにわけて見えるのは、大人が持っている概念に当てはめてみているからでしょう。いずれにしても、どんな見方をしようと、動かし難い事実は、実際に起きていることや起きたことを何かの代替物を用いて「再現」しているということです。

成長展で上映するぐんぐん組の動画の中には、料理を作って食べたり、食べ物をあ〜ん、と食べさせてあげたり、赤ちゃんにミルクを飲ませてあげたり、おむつを替えてあげたり、さまざまな生活シーンの模倣が登場します。

 

お誕生会も開かれたり、そこで上手に歌を歌ったり、散歩先でもお店やさんごっこが盛り上がりしています。あらゆるものがごっこ遊びになっていることがよくわかります。

そして、子どもたちは別に誰かに見てもらいたくて表現しているのではありません。夢中になって遊んでいるとき、それは子どもが入り込んでいる世界が繰り広げられていき、その世界に他の子が馴染みのある時、一緒に参加して増えていきます。

1歳児クラスでこのような協同的な見立て遊びが成立していることは、とても素敵です。共有している同じ「体験」が、それに使われる空間やものなどの「環境」によって再現されていくとき、ごっこ遊びは豊かになっていることがよくわかります。

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