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園長の日記

成長展のためのミニ連載(8)見えないものも模倣する

2021/02/08

模倣するものは、目に見えるものばかりとは限らないだろうことに、今日のにこにこ(2歳)やわらす(幼児)のブログを読んで気づきました。

にこにこ組が3階の運動ゾーンで、クライミングやスイングを楽しんでいます。憧れていた場所。やってみたかった遊び。それがついにできるようになった喜び。とても楽しそうな表情と姿ですね。遊びをルールを守ることが、安全でより楽しい活動になることを体験しています。

ルールと言う目に見えないものを守るという行為もまた、模倣する力を使っています。先生がモデルを示し、それを真似して覚えていく。見ててね、やるよ、ほらできたでしょ。このように、手本を示して、教え導くことを「教示伝達的顕示」(OMC)といいます。とっても教育的です。子どもを導くと言う意味のギリシャ語でペタゴジーという教育用語がありますが「よく見ててよ、いい?やるからね、ホラね」のようなモデル提示の仕方は、ペタゴジー文脈とでも言ってよく、みている者に有無を言わさず、同じことを模倣させる強力な力を持っています。こういう見せられ方に、人間はとても弱いんです。その通りにやらなきゃ、と言う気持ちにさせられます。

子どもたちに大事なことを真似してもらいたい時、私たち保育者や教育者はこの手を使います。一見、安全な遊具の使い方というルールを伝えているのですが、大事なのは「同じようにやる」ことです。クライミングから飛び降りる時、背後に誰もいないことを確認し両足の膝を曲げて安全に着地できるようになれば、どんな方法でも構わないのですが、3歳ぐらいの子どもたちに、意図や目的を理解させ、方法は自由に任せるのでは心配だからです。型から入ります。ここはミーミーミーと蝉になってもらいます。別にセミじゃないといけない理由はありません。でも考えずに、まずそういうもんだ、ということでやります。

ここは、ちっとも本来の学びではありませんが、安全第一なのです。横断歩道は注意して渡ろう、ではダメなのです。「はい、いいですか。はい右を見て、左を見て、はいもう一度右を見て。はい、できましたか」でないと困るのです。でも、やりすぎてはいけません。自分で考えることを放棄してしまうのですから。これは自分で物事をちゃんと考える力を奪ってしまう模倣だと、心得ておきましょう。いろいろ難しいですね。

すいすい組のブログによると、6歳にもなれば、もうこんなに頼もしくなるものかと思えます。予定通りの時間内にお手伝いを終えて「これなら御徒町公園に行けるだろう」と自己評価している年長クラスすいすいの子どもたち。何かが可能になる姿を目指して、それに近づくように努力する姿は、究極の模倣力かもしれません。既に起きていることを真似するのではなく、起きて欲しい姿を目指して真似をする。より良い姿を作り出そうとする意欲も、模倣する力の応用かもしれません。

そう考えると、スポーツ選手が自分の動きを理想的な形に導くためにシミュレーションをすることを思い出します。過去の出来事を再現するならイミテーション(模倣)ですが、まだ起きていない未来の姿を先取りして模倣することが、シミュレーションなのかもしれません。それにしても人間は、このように類似したものや相似形のものを再現させながら精神世界を広げていることがわかります。とても不思議なことだと思いませんか。

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