
子どもの発見から、地域の未来をつくる〜千代田の街を「学びの園庭」に〜
こんなテーマで30分、話をしてきました。その内容は、以下のようなものです。
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経営者の皆様は、若い社員について、「指示を待って自分から動かない」「失敗を恐れて試そうとしない」「周囲と相談しながら課題を解くことが苦手だ」と感じることはないでしょうか。こうした課題は、主体性、協働性、問題解決力、社会情動的スキルなどの言葉で語られています。では、その土台は、いつ、どのように育つのでしょう。
保育園は、将来の社員を早くから訓練する場所ではありません。しかし、人が自分から動き、失敗から学び、他者と力を合わせるための根は、幼児期の遊びと生活の中で育ちます。指示を増やしても主体性は育ちません。自分の関心や考えを受け止めてもらい、試す余地があり、仲間との関係の中で自分の役割を実感するとき、子どもは動き始めます。当園で働くスポットワーカーからも、「大人が子どもの行動を先回りして決める保育に違和感があった。ここでは子どもが自分で考えている」という声をよく聞きます。子ども主体の保育とは、何でも自由にさせることではなく、子どもの興味や問いを出発点に、選び、試し、考え直せる環境を大人がつくることです。
ある日、子どもが秋葉原ワシントンホテルの壁を指さし、「これ、アンモナイトじゃない?」と言いました。大人が毎日通り過ぎていた場所です。写真を拡大し、本当に化石なのかを確かめ、石の産地を調べると、ドイツのバイエルン州、ニュルンベルクとミュンヘンの間にある採石地域へとたどり着きました。目の前の壁が、1億5000万年前のジュラ紀の海につながったのです。ホテルの支配人との対話も生まれました。答えを教え込んだのではありません。「もっと知りたい」という意欲が、人、物、場所を結び、探究を動かしました。文部科学省の次期学習指導要領に向けた審議まとめの素案でも、「遊びの深まり」を中心に、育みたい資質・能力を捉える方向が示されています。
幼児教育で育む三つの資質・能力の核には、「心情・意欲・態度」があります。なかでも意欲は、知識や技能を求め、考え、判断し、表現する力を動かします。経済と社会の未来を考えるOECDも、教育の中心に「スチューデント・エージェンシー」を置いています。それは、好きなものを選ぶだけではなく、自分たちの生活に関わることを我が事として引き受け、他者とともによりよい状態をつくろうとする力です。眠っている友達に気づいた年長児が、年少児に「静かにして」と伝える姿にも、その芽があります。これは、子どもの権利条約が求める参画の感性にも通じます。
当園には園庭がありません。だからこそ、千代田の街全体を「学びの園庭」と考えています。公園は自然科学の教室、原っぱは身体と社会性の教室、電車や街路は地理と社会の教室、神田川や地域行事は歴史、文化、市民性の教室です。街で出会い、気づき、集めたものを園へ持ち帰り、確かめ、表し、つくり、伝える。この往還が、一度の散歩を継続的な学びへ変えます。
さらに、子どもの学びは園の中で完結しません。鬼ごっこで相談し助け合う経験は、地域の保育園との交流や保育者の合同研修へ広がり、小学校、教育委員会、大学へとつながって、「鬼ごっこのある町 千代田」という構想になりました。入谷朝顔市で出会った一鉢は、子どもが育て、採れた種を地域や小学校へ返す活動にする予定です。プロのシェフとの「味の探究」は、野菜を好きになる経験から、全国各地の生産者との交流や若手農家を応援する学びへつながっています。神田祭では、子どもも町の文化の担い手になります。私たちは、これを「子ども起点の地域共創」と呼んでいます。地域から学ぶだけでなく、子どもも地域をよくする側に加わるのです。
こうした保育は一園だけの試みではありません。社会福祉法人省我会の藤森平司理事長が立ち上げた全国組織「ギビングツリー」では、見守る保育・藤森メソッドに共感する国内外の園が、見学や研修を通して学び合っています。一つの園の特色にせず、地域全体の文化にしていくことが大切だと考えています。
保育と会社経営では、対象も目的も異なります。それでも、「人が意欲をもち、他者とともに育つ環境をどうつくるか」という問いは重なります。ロータリーの皆様が日々培ってこられた仕事、技術、場所、人とのつながりは、子どもにとって本物の学びの資源です。特別な教育プログラムは必要ありません。子どもに見せられる場所はないか。出会ってほしい人はいないか。一緒に考えたい地域の課題はないか。まずは30分、一度だけでも、会社の日常を子どもの問いにひらいていただければ、新しい関係が始まります。
街が子どもを育て、子どもが街を育てる。奉仕の心と子どもの意欲が出会うところから、千代田の未来を皆様と一緒につくっていきたいと思います。










