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園長の日記

保育参観で見えるもの

2020/10/06

今日は保育参観の1日目でした(と、同時に今年度は初めての保育参観でした)。・・・うちの子はどんな風に生活しているのだろう? お友達とは仲良くやれているだろうか? 保育園を楽しんでいるだろうか? 嫌な思いはしていないだうか?・・いろんな「?」を保護者の皆さんはお持ちかもしれません。そんな「?」の謎が、保育参観で少しでも解けるようになるといいのですが、いかがだったでしょうか。お子さんの様子をじっくりとご覧いただけたでしょうか。

保育では「見える」ということがよくテーマになります。それをよく「子ども理解」といいます。人(研究者)によっては「保育は子ども理解に始まり子ども理解に終わる」とさえ言われます。始まりと終わりの間には何があるのかというと、「保育のプロセスがある」というわけです。

保育参観は、一日、しかも数時間ですから、ある意味で定点観測のようなものです。それでも、どんな風に過ごしているか想像していたものに、かなり多くの情報が新たに加わったのではないでしょうか。「こんな毎日の積み重ねなんだな」と理解してもらえると思います。

数ヶ月おきに定点観測してもらうと、その前の時の姿に比べて、「おしゃべりが上手くなった」「絵本を食い入るようにみていた」「家で歌っていたのは、この歌だったんだな」「積木をあんなに高く積めるようになったのか」「クライミングに登れるようになったんだな」・・などなど、いろいろ変化がよくわかるでしょう。毎日一緒にいると見えにくい小さな変化の積み重ねも、間を置いて見るとその大きな変化に驚くことがよくあります。

その一方で、毎日一緒に生活しているからこそ、よく見えることもあります。それは、保育のプロセスをみているからです。そうなった結果については、必ず原因があります。あのこときはこうだったけど、今はこうなった。それはこんな「経験」があったから、という繋がりのところ(因果関係や相関関係に近いもの)を意識しているからです。今日のわらすのブログにあるように、子どもが自分の感情を自覚できるようになってきた育ちに担任が気づいています。そして、その育ちに大きな成長を感じとっています。子どもの姿の「よさ」を担任は伝えたいと思っています。見ることだけでは見えないことが子ども理解にはたくさん含まれています。

保育は今の「子どもの姿」になるために、意図して環境を整え、それを通して経験することを計画しています。さらには、子どもたちの少し先の「未来」も想像します。「もうすぐきっとこんな絵を描くようになるだろう」「こんなパズルを完成させるようになるだろう」そんなことを期待しながら生活を作っています。

今回の保育参観は、コロナ対策で密を避けるために、参観数をほぼ均等にさせていただきました。そのため希望通りにならなかったかもしれませんが、ご了承ください。また保育園で見せてくれる姿をどう見るか、担任の見方を通した子どもの見方も、ぜひ参考になさってみてください。

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