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2021年 4月

今年度初のバス遠足は浜町公園へ

2021/04/20

全国130カ所で25度を超える「夏日」となった今日20日、今年度初めての「バス遠足」を幼児たちが楽しみました。行き先はバスで10分あまりで着く「浜町公園」です。この公園はブランコや滑り台、シーソーやジャングルジムなどオーソドックスな定番の大型遊具が充実しており、園児たちにとっては飽きない公園です。

3歳児クラスの「わいわい組」は、初めての浜町公園でしたが、ネット遊びやクライミングに馴染んでいる子たちは、大型アスレティック遊具の登り板を躊躇なく登っていました。

すでに馴染んでいる4歳のらんらん、5歳のすいすいの子たちは、最初からやりたかった遊具へ一目散。ブランコにはすぐに列ができていました。

アゲハ蝶も飛んでいて、虫好きの男の子たちは夢中で追いかけていました。しばらくすると、器用に帽子で捕まえたそうで、走って見せに来てくれました。とっても嬉しそうです。

保育園へ持って帰りたい気持ちもあったと思いますが、そこはお友達と話し合って逃してあげることにしたそうで、こんなところにも、経験の積み重ねからくる年長らしい育ちを感じます。

夢中で捕まえたものを放してあげる、優しさや心の余裕は、3歳4歳では難しいものだからです。

園庭のない保育園にとって、広い公園で思いっきり走り回れるのもありがたいことです。この公園にはラグビーボールを輪切りにしたようななだらかな丘があるのですが、そこへ走り上がったり、坂を駆け降りたり、全身のバランスを手や足を協応させながら、思いっきり走り回ることで滑らかな身体を育てます。

今日は、遊具の方へ興味が強かったので、鬼ごっこなどは見られませんでしたが、そのうち、いろんな身体的な遊びがこうした公園でも見られるようになっていくことでしょう。

それにしても、4月下旬で夏日に近い日があり、台風も沖縄にくるような気候変動、温暖化に加えて、新型コロナの変異ウイルス感染の拡大で東京もまた緊急事態宣言へという流れになりそうです。思うような活動がやりにくい状態が続きます。行事も含めて、できることを柔軟に実施しながら子どもたちの発達を支えていきたいと思います。

 

鯉のぼり

2021/04/19

先週、子どもたちに鯉のぼりを見せたとき、「わあ、おおっきい!」と喜んでいたのですが、どこに揚げようかと考えた末に、保育園の正面近くにしてみました。ちょうど角あたりにすると、風向きによって昭和通り側にも、柳原通り側にもなびきます。

玄関からロープを引いて鯉のぼりを揚げたり降ろしたりできるようにしたので、明日からは子どもと一緒に鯉のぼりを挙げます。こういうの、子どもには堪らなく面白ことなんです。ワクワク、ドキドキが子どもの好奇心の鼓動です。きっと大きな音がするでしょう。楽しみです。

新宿せいが子ども園の環境を視察しました

2021/04/17

今日は新宿せいが子ども園へ出かけて、保育環境を見学してきました。藤森統括園長から「これからの時代の教育や保育」のポイントをレクチャーしていただき、その後、じっくりと環境を見てきました。子どもたちが生きていくことになるこれからの「不確かな社会」は、少子化とAIの社会になります。そこでは共感や協同する力が不可欠になります。そのために乳幼児の頃から、集団の中で粘り強さや気持ちを立て直す力(レジリエンス)などの根っことなるものを育んでいくことが必要です。そのためにも「子ども同士の関わり」の中で、感情をコントロールできる力や、話し合ったり協力して何かを成し遂げる力が必要です。

そんなこと確認しながら保育を考えるのは楽しいものです。私たちの生活にどんな意義があるのか、それを確認しながら保育を計画していくことができることに、仕事のやりがいを感じます。世界的には産業革命以降に始まった個人のスキルを社会の目的に合わせる教育から、180度転換する必要があるのですが、OECD(経済協力開発機構)でさえ、すでにその転換を唱えているのですが、日本ではそのための教育改革ビジョンがなかなか見えてきません。しかし、それが必要なことは間違いなく、それに気づいている教育者たちが独自に取り組んでいるという状態です。

新宿せいがの2階は幼児の生活空間なのですが、伝承遊びゾーンは「多文化ゾーン」に変化し、また年長組すいすいの活動の中にお手伝い活動に加えて、科学実験活動の充実が図られていました。時代の変化が保育ゾーンの変化となっていました。千代田せいがは狭いので、知恵を出して工夫していこうと思います。

自分らしさを取り戻すために

2021/04/16

私は子どもたちが覆っている目に見えない殻を取り去ってあげています。そんなふうに感じる時があります。じゃれあって笑い転げて、お腹が捻れるくらいに、腹の底から声を出してみるような体験です。そんな時に気づきます。この子たちは、自分でも知らない間に、目に見えない被り物の中で生きている時があるんだなあ、と。

すると、ほら、出てきた、出てきた、本物の自分が。被り物を捨て去ってみると、そこにムクムクと出てきます。その子の素顔が出てきます。子どもと一緒にいると、こんな感覚になることがあるんです。そうだよ、そこを出しちゃっていいんだよと。

この子たちは私たちが死んだ後の時代を生きていきます。次の時代の担い手だからこそ、「子どもは未来」だとじんわりと思います。だから、その未来の時代は今よりももっといい時代になっていて欲しい。でも、その前にこの子たちは現在(いま)を最もよく生きていてほしい。現在を最もよく生きながら、しかも望ましい未来を作り出す力の基礎も育ててあげたい。確かに、こういう趣旨のことが、保育所保育の原理、保育の目標になっています。でも言うのは簡単ですが、こんなに都合のいい話を実現できるほど、私たち大人は賢いとも思えません。

目の前の子どもが、まだ言葉で表せない思いを抱えていたりします。それは決して同じ思いではありません。それぞれが異なっているし、異なっている今を生きています。こうしたい、ああしたいといういろんな気持ちを抱えている子どもたちが目の前で、笑ったり、泣いたり、怒ったり、怖がったり、いろいろです。その様々な思いは、いろいろな形と色いあいを持っていて、聞こえてくる音色もそれぞれです。

しかし、違う形や色合いや音色であっても、どこ子にも同じエネルギーを放っています。それはこの世に宿った生命の躍動から発しているものです。この子どもの「一途なもの」をもっと愛しみたいという想いにかられます。

子どもが自分でも忘れてしまうことさえある、一途な心への共感を子育ての真ん中に、揺るがぬように据えてしっかりと見守っていたい。子どもは必ず自分で歩き始めます。本当に「自分で」歩き始めるということを信じましょう。そうでないと、いつの間にか「いい子の仮面」をかぶって生きていることになってしまうからです。

存在を喜び合うちっち・ぐんぐんの朝の会

2021/04/15

「◯◯ちゃ〜ん」、と子どもの名前を呼ぶと、ちょうど1歳になるKちゃんが、嬉しそうに「は〜い」と手をあげてパチパチします。周りの子たちもパチパチしています。ほんの半月前までは「集団」を知らなかったはずの子が、ちゃんとご返事ができる、ということに先生たちの間に温かい歓声があがりました。名前を呼び合う間柄になるということは、あなたがそこにいることだけで、私たちは嬉しいということを確認していることになっています。

0歳の子たちにとって、気持ちが通じ合うということは大切な「社会的発達」の経験になっています。1歳ごろと言えば、自分と相手と世界の3つが「表象」によってつながり合っていく時期です。自分が先生から「◯◯ちゃ〜ん」と呼ばれることも、自分についての「◯◯ちゃ〜ん」という自己イメージをもてていることになります。「は〜い」と応答できているということは、自分についての自己イメージ(表象)と「◯◯ちゃ〜ん」と声を自分に結びつけるという三項関係が成立しており、言葉がで始める前の発達の条件が整っていることがわかります。

このことは家庭でも起きることですが、集団があると、このように「声」をかけてくれる他者の存在があり、そばに模倣したくなる対象がたくさんあることになります。そのやり取りの中で、それを喜んでくれたり、嬉しがってくれたりすることで「気持ちが通じ合う」という社会的な発達の経験になっているのです。楽しい体験はまたやりたい、また僕のこと、私のことを呼んで!認めて!という存在自体への承認欲求が満たされていくことになります。

朝のお集まりは、今日も元気にいるね!という、お互いの存在を確認し合うことになっています。出席をとるということの本来の目的です。そこに存在すること自体の重要性を感じあっています。これは自信の育ちにも関わっています。無条件の自信が他者と信頼し合う関係に育ちます。1歳ごろまでに気持ちを通じ合わせる中で「人と関わること」そものもが発達の経験になっているのです。

利他性が発揮されている毎日

2021/04/14

今週4月12日(月)から、東京でコロナ感染の蔓延防止対策が始まったわけですが、「春に三日の晴れなし」と言われるように、春は意外とカラリと腫れた日が少ないもの。ちょっとでも晴れていたら「外遊び」を取り入れたいと考えています。今日14日は雨だったので、室内やベランダでの様子がクラスブログで紹介されています。

そこで見られる姿は、面白いことに子どもたちが元々もっている「利他性」が発揮されていることです。利他的という言葉はちょっと難しい言い回しですが、「利己的」の反対です。自分にとっては直接メリットがなく他人のために役立つような行為です。そうした「態度」は、お手伝いをやりたがる、率先して掃除や片付けを手伝う、お友達の気持ちに気づいて優しく接する、楽しそうな遊びをお友達にも伝える・・・そうした姿の中に見出されます。

千代田せいが保育園の保育が何を目指しているのかというと、色々な言い方ができるのですが、子どもの育ちゆく姿としては「保育目標」というものがあります。学校だったら教室の前に額縁に入れて掲げてある「教育目標」と同じ位置付けのものです。保育園も幼稚園も学校も、それは子どもを主語に書かれています。例えば和泉小学校は「人にやさしく 自分につよく 明るく 元気な 和泉の子」です。省略してありますが、主語が「子どもは」になっているでしょ。社会性、克己心、内面性、健康などの要素が盛り込まれていますね。注目して欲しいのは、トップに「人にやさしく」と利他性を含む人間性が掲げられているということです。

千代田せいが保育園の場合は「自分らしく、意欲的で、思いやりのある子ども」です。思いやりというのは、他人への「共感」の育ちがベースになるのですが、その育ちの基盤は持って生まれたもの(つまり教えて学んだものではなく、生得的に持って生まれるもの)と言われる模倣の力です。じっと見て真似をするという力が、相手の心の動きを想像しながらなぞるようにイミテーションできる力のことです。

したがって、心をなぞりたい!、一緒になりたい!と愛着を持てる対象がそばにいなければ、模倣する対象をもてませんし、共感体験が生じません。ちっちやぐんぐんやにこにこの頃から、その体験を積み重ねていく中で、他人への信頼感を獲得しながら、言葉も獲得し、やさしさを育て、思いやりという心の姿勢を形作ることができるようになっていくのです。この育ちのまとまりを利他性の発達と言います。SDGsなど持続可能な社会を実現できるかどうかは、保育のテーマとして捉えなおせば、この心の姿勢を育てることに他ならないのです。

「展示食」ケースを透明に変えました

2021/04/13

今年度から給食の展示食ケースをアクリル板の透明なものに変えました。以前のものは木製のアンティックなケースだったのですが、光が届かずに暗かったので変えました。

展示食は、その日の食事内容の実物を実際に見てもらうものですが、お迎えの頃までに事務所前に展示しておきます。ホームページでも、毎日、「メニュー」のところに写真をアップしていますが、実際に見てもらうと、細かなところまで見ていただけるでしょう。部屋へ入る前に見てもらってもいいですし、お子さんと一緒に会話しながら見てもらうのも、話がはずんでいいかもしれません。子どもも見えるように、もう少し低い位置の方がいいのですが、今のところ、ここでしばらくやってみます。

離乳食の展示ケースは、ちっち組の調乳室の中にあります。外から見えるようになっていますので、量や色あい、テクスチャ(見かけの質感)も確かめてみてください。

 

それぞれの「どろんこ」見つかったかな?

2021/04/12

1週間前の4月5日の月曜日と、今日12日の月曜日では、たった1週間の違いなのに、子どもたちの慣れ具合、落ち着き具合が全く違います。

1階の「ちっち」は牧野先生の膝の上でUKさんが美味しそうに朝のお煎餅を食べていましたし、「ぐんぐん」はエプロンをテーブルに並べたり、おしぼりタオルが誰のものかを早速覚えていたり、まだ朝9時台ですが泣く子がもういませんでした。

同じ頃、2階の「にこにこ」は、室内のままごと遊びやベランダでの運動歌遊びに夢中になっていました。

さらに3階の「わらす」は、将棋を指している年長すいすいさん、140ピースのパズルに挑戦中の年中らんらんさん、ぬりえに没頭中のわいわいさんと、びっくりするほど静かでした。

先週7日(水)に、子どもたちと先生とで「入園・進級を祝う会」を開いたのですが(その模様は「行事」にアップしました)、子どもたちそれぞれの「落ち着く居場所」を見つけて欲しいという願いを込めて絵本『どろんここぶた』を読んであげたのですが、子どもたちがそれぞれの「どろんこ」が見つかっているように見えました。安心して過ごせる場所があるからこそ、そこから、それぞれの冒険や探検や挑戦が始まっていることでしょう。

藤森平司の保護者講演会

2021/04/10

2年ぶりに開かれた藤森統括園長による保護者向け講演会。昨年は緊急事態宣言のために開催できませんでしたが、今年は感染対策をしながら、保育園の会場に4家庭、ZOOMで10家庭の皆さんに参加いただき、開催することができました。ありがとうございました。今日の藤森先生の話は「これからの時代に必要な子育て」に関するものでした。具体的には目指したい子ども像に始まり、これからの不確かな時代を生きていくために必要とされるスキル、良い学びが起きる条件とは何か、そして今後必要とされるであろう6つのキーワードについての詳しい解説でした。なかでも「実行能力」と言われる自分の感情と行動をコントロールする力がとても大切であるという話でした。この実行能力とは発達科学で言われる言葉ですが、これまで哲学や社会学では「自由意志」として語られてきた生きる力と同じです。

これらの力がどこで、どのように身につくのかというと、少子社会の中では家庭では難しく、子どもの集団のある保育園がその機会になります。これからの時代に必要な力が、家庭や地域では育ちにくいというのは皮肉なことですが、それには理由があります。それは人類は協力しあう能力があったから現在まで進化の過程で生き延びてきたと考えられているからです。その能力を整理すると、人と協力したり、コミュニケーションをとったり、物事をしっかり考えたり、関連する要素を組み合わせて創造したり、挫けずにやり通したりする力が含まれます。

これらの力は、持って生まれたもので決まるのではなく、スキルですから習得できるものです。従って学び続ける力が必要になるのですが、習得には「ラーニングピラミッド」という階層があり、学んだことをしっかり身につけるためには、グループ討議、自ら体験する、他人に教えるという「アクティブラーニング」が不可欠です。このような学びがすでに乳児の「模倣学習」の中に見られることを、エピソード動画で解説していただきました。

にこにこ組保護者会

2021/04/09

今日は2歳児クラス「にこにこ組」の保護者会でした。この年齢のポイントは「自立」です。生活と遊びのそれぞれに「自立の姿」があります。生活を分類すると、食事、睡眠、排泄、衣服の着脱、清潔、お支度などがあります。それぞれについて、自立のイメージを持ってもらうと、無理しないで一歩一歩前に進めることができます。たとえば、食事は「自分の好みと適量がわかり、だいたい食べこぼさずに、食具を使えるようになる」といった自立の姿です。

1年前の1歳代の育ちの姿、今の姿、そして一年後の姿へと、自立の姿がどのように変わっていくのか、それをイメージできればあわてることも少なくて済むかもかもしれません。ただ、その筋道は一人ひとり異なるので、平均的な姿と比べない方がいいでしょう。平均的な子どもなど、この世に1人もいないのですから。子ども自らの確かな歩みを支えていくために、焦らず、おおらかに待つうちに、いつのまにか自立しているでしょう。それを信じてあげてください。

新年度最初の春の保護者会は今日で終わりましたが、それぞれの保護者会で共有したことを、毎日の生活に生かしていきましょう。保護者会で使った資料は、ホームページのパスワードが必要な「行事結果」に入れておきますので、ご覧ください。

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