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2025年 9月

子どもの何気ない優しさに人間性の本質を学ぶ

2025/09/16

大縄跳びの順番をまっているとき「もう一回やりたい!」というらんらん組の子どもの気持ちと、次に待っているわいわい組の子どもの気持ちがぶつかりました。そのとき、年長のすいすい組の子どもたちが、双方の気持ちを受け止めて伝え合い、お互いの気持ちが自然な道筋を見出していく姿を、担任が克明に拾っています。

ホームページのクラスブログ「わいらんすい」です。

ぜひ読んでみてください。このようなことは、私たち大人が、もっと学んだ方がいいことのように思えます。

 

保育環境セミナー二日目 個別最適な援助としての異年齢保育

2025/09/09

昨日に続き二日目の保育環境セミナーは終日、座学での受講になります。このセミナーでは初日と3日目に保育園見学ができるのですが、その見学園のなかから二園が実践を紹介します。9月は千代田せいが保育園と新宿こだま保育園が保育園の実践を紹介しました。

その後は「見守る保育・藤森メソッド」の解説を私が担当。今回は「個別最適な学び(異年齢児保育を含む)」について説明しました。異年齢保育というと、学年を超えた園児の生活と遊びを意味するのですが、そのねらいのなかには、子ども一人一人にとって、年齢の異なる関わりがある方が、それぞれの子どもにとって、経験が豊かになるという意味があります。

たとえば、いろいろなことができるお兄さんやお姉さん(一般に年長の子といいます)がいると、年下の子(年少の子といいます)は、その姿に憧れたり、真似してやってみたいという意欲が刺激されたりします。同じ学年集団だけよりも、魅力的に思える世界が広がるのです。

また反対に年長の子にとっては、ただその空間で遊んでいるだけでも、年下の子どもにとってはモデルとなり、また魅力的な世界へ誘うことになります。モデルになっていると意識していなくても、年少の子どもにとっては意味がありますし、モデルになっていると意識していると「みられているからちゃんとやろう」「真似されてもおかしくないようにしなくちゃ」という自覚も育つのです。

さらに年長の子は年下の子から慕われ、その子たちの安全基地を提供することにもなります。いろいろなことを求められるので、自分の持っている知識やスキルを「教えてあげる」という経験になります。教えるということを通じて、自分のもっている知識やスキルも定着しますし、何にも増して、それを共同性のなかに役立てるという経験になるのです。

結果的に、小さい子どもをよく観察したり、どうしたいと思っているのか、その小さい子どもの気持ちに気づいたり、心を通わせたり、優しさを発揮したりすることにもつながります。またコミュニケーションの力もつき、手伝うことや貢献することへの楽しさや、子どもなりのやりがい、手応えも感じます。

私の解説のあとは、子どもたちの育ちを客観的にアセスメントして振り返るための「ミマモリング」の使い方。午後からはドイツ視察の報告。そして保育の疑問に藤森代表が答えるQ&Aがありました。

 

今年2回目の保育環境セミナー開催(東京・高田馬場)に全国から参加

2025/09/08

保育環境研究所ギビングツリー(藤森平司代表・省我会理事長)は、保育環境セミナーなど、いろいろなテーマの研修会を開いているのですが、毎回、全国からたくさんの参加があります。保育や幼児教育の世界では、いろいろな団体があるのですが、いわゆる「動員」をかけなないで、これだけの自主的な参加がある研修会は、とても珍しいと思います。

なぜかと考えみると、子どもたちが自立していく保育のあり方を、長年に渡り、本気で追求し続けてきたこと、質の高いその具体的な保育実践が豊かであること、国や世界が目指している保育や教育を具体化していること、そういうことが保育現場から強く求められているからだと思います。

今回の研修会で印象に残ったことは「学びは模倣からはじまる」というよく聞く話ではあるのですが、このギビングツリーで始まったゾーン保育や、子ども主体の「環境を通した保育」などの具体化は、真似をしてやってみて、全国にどんどん広がり、海外からも注目されるようになりました。

そして、その園の子どもの実態に合わせてアレンジが繰り返されて、さまざまな実践が展開されています。いわば型を学び、それを守ることから次第に破り、その園独自のものへ離れていくように。でも理念が一貫しているので、その実現されている保育はお互いに参考になるのです。そういう保育事例をたくさん学びあえる研修会は、まず他にはないのではないでしょうか?

見守る保育藤森メソッドを見学したい

自立に向かう援助とは何か?

2025/09/02

自立に向けてどう援助するのか?保育の核にこれがあります。大人がやってあげるわけでも、子どもにやらせるわけでもなく、子どもが自らやっていくこと。この違いの理解が保育の出発点になります。

この違いを確認したくて、保育ボランティアの高校生にも、昨日から来ている大学の実習生にも、同じテーマについて語りました。もちろん話し方はちがうのですが、趣旨は同じです。

私たちは子どものためと思って一生懸命になればなるほど、つい「やってあげたり」「やらせたり」することに傾きがちです。そんなことを思っていたら、まったく偶然ですが、主任が全職員に、次のような文章を投げかけました。

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理事長の藤森先生が話されていたエピソードを思い返す機会がありました。改めて先生方と共有し、私たちが大切にしたい保育の視点としてお伝えします。

「やってあげるから見守る育児へ」という本にも書かれていますが、保育者は子どものために良かれと思って“やってあげる”ことがあります。それ自体は大切な行為ですが、一方で、子ども自身が自ら気づき、考え、行動する経験は、自立への重要なステップです。

少子化により大人の目が届きやすくなっている今、「丁寧さ」が「大人が先回りしてやってあげること」にすり替わってしまうことが少なくありません。

<具体的な保育場面の例順番の場面>並んでいるときに、ある子が順番を抜かしてしまったとします。保育者はつい「順番抜かさないでね」と声をかけがちですが、よく見ると、抜かされた子は特に気にしていなかったり、「別に入ってもいいや」と思っていることがあります。子ども自身が嫌だと感じたなら、そのときに「やめて」と自分で伝えることが大切ではないか。もちろん、うまく伝えられずに泣き出してしまったときには、そこで初めて保育者が援助する。この“待つ姿勢”について1つの選択肢に入れるのはどうでしょうか。

<集まりの場面>朝の会や集まりのときに、先生が話している中で、友達同士で話をしている子がいて「聞きづらい」と感じる子がいるかもしれない場面で、私たちはつい「静かにしようか」「お友達が聞こえないよ」と言ってしまいがちです。しかし、本当に聞きづらいと感じているのは誰か? それは聞いている子どもたち自身です。その子たちが「聞こえないよ」と自分で友達に言えることが大切であり、保育者が「お話が聞こえないと思ったら、そうやってお友達に伝えていいんだよ」と声をかけることで、子どもが自分の意思を伝える機会が経験できるのではないでしょうか。

このように、大人がすぐに介入することが「親切」や「丁寧」ではない場面もあるのです。あえて関わらない、あえて見守るという選択が、子ども同士の関係を豊かに育てる土壌となります。

今日の保育を振り返る中で、このような場面に出会った方もいるかもしれません。ぜひ、日々の実践のヒントとして心に留めてみてください。

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このような視点を大切にしています。ご家庭でもこれを大切にしてみませんか?

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