MENU CLOSE
TEL

2020年 6月

子どもが自分で感じて、考えて、決めることを大切に

2020/06/29

 

園だより7月号 巻頭言より

◆保育で大事にしていること

新しく入園した方もいるので、当園の保育方針の話を少ししましょう。園が大事にしている保育は、大人が子どもに言葉で言ってさせる保育の真反対です。自分でやろうとしてやれるようになる自立を目指します。やれない時は人に頼んだり、どうしたらやりたいことができるかを聞いてくるような子どもになって欲しいと思っています。

◆元園長「自律できる子を育てたかった」

昔、大阪の公立の元保育園長から次のような話を聞いたことがあります。「トイレにいく時間だよ、手を洗いなさい、静かにしなさいと、言って育てた子どもたちが小学校や学童に行ったらお漏らしをしたり、手洗いを忘れたり、人の話を聞けない子になってしまいました。自分で行きたくなったらトイレに行く、気持ち悪いから手を洗う(手を洗うとさっぱりして気持ちいいからやる)、うるさいと大切なことが聞こえないから静かに聞く、そうした自律(反対は他律)を育ててあげないと、困るのは本人なのです」という話です。全くその通りです。目に見える行動面ばかりではなく、子どもの精神面にも同じことが言えます。子どもが自分の考えを持ち、それを人に伝え、決定する力を育むことは、子どもの人権を守ることと等しいと私は考えています。

◆自分で感じて考える体験を

大人が望む行動ばかりを口やかましく言って聞かせることを繰り返していたら、子どもは自分でやるという体験ができなくなってしまいます。自分が自分で心に決めること。やりたいことを自力でやってみて、その結果を正面から見つめ、責任感を感じること。自分が原因で物事が変わる経験をすること。こうしたことには、うまくいかないことや失敗がつきものです。しかし自分で決めてやったことは、人のせいにできないので、自分を知る経験になっていくのです。「だから言ったでしょ」という思考は禁物です。実際に自分で経験して考えることが大事なのですから。この経験が希薄な子どもたちが多くなっているように感じます。可愛さゆえの大人の過干渉です。子どもに感じて、考え、迷い、揺れ動く幅を大きくとってあげてください。そのレンジが大きければ大きいほど、大きな成長を見せてくれます。

◆自分のことは自分で決める

この自由度が少ないと、子どもは自分で決めたいことを求めて、いうことを聞かない、返事をしない、大人が困ることをする、という反応パターンに嵌っていきます。また、それを否定されるともっとやります。これでは悪循環です。子どもが「自分でこうしてみた、そしたらこうなった、だから次はこうしてみたい」という好循環を作り出すには、大人は子どもが自分の力で自ら歩き始めるように、子どもを信じてじっと待つ、という子育ての構えを持つ必要があります。

◆子どもができることを信じましょう

子どもが自分で考えて、自分で行動に移していく過程をこそ、一緒に育てましょう。言って聞かせてできるようになるのは「他律」です。そうではなく、自分のことは自分で判断して適切な行動が選択できる、自律した姿を目指しましょう。そのための第一歩は子どもを丸ごと信じることから始まります。良いこと悪いことの決まりは伝えながらも、自分で決めて判断して行動に移せるように支えていきましょう。

社会の中で意思決定できる力を育てる

2020/06/20

6月からの園再開から3週間が経ちます。新しい生活様式の中での保育を考えるとき、子ども同士の関係が分断されないかと心配でしたが、乳幼児の感染リスクが少ないことがわかって、これまで大切にしてきた保育スタイルを大きく変更することなく、継続できることにほっとしています。写真は、幼児クラスで、朝、何をして過ごそうかな?と遊びのゾーンを選んでいるところですが、「何もしなくない」というのを「選ぶ」こともできます。あるいは、既存のゾーンだけでは収まらない活動ももちろんあるので、そういう発展的な活動を提案してくる子供もいます。そうした主張は意思決定力であり、他者との関わりのなかで育っていく大切な能力です。

当園の保育方針は「自分らしく意欲的で思いやりのある子ども」です。前半の「自分らしく意欲的で」というのは自由意志を育むテーマであるともいえます。また後半の「思いやりのある」というのは責任のテーマでもあります。その営みは、数日前の日記でお伝えしたように、赤ちゃんの頃から自由な選択行動や他者への配慮が見られます。このような関係発達が人の発達の基盤にあることをいかに守り抜くか、それがこれからの「新しい生活様式」の中での、日本の保育界、教育界の大きな課題だと考えています。

数日前の日記で、意識していないのに思わず真似をしながら遊んでいる中で、周りの文化を取り入れているものがあることを書きました。何でもやりたがる「自分で」という意志が強まる2歳ごろ、そして「僕はね」「私がね」と一人称を使い始め、自意識がはっきりしていく幼児の頃、そして小学生、中学生となっていく過程で、もう一度自分のアイデンティティーを確立しようとする時期がきます。思春期です。その頃の基盤が乳幼児の時期の経験が大切だということは、発達を学ぶと必ず出てくるものです。

教育や保育の勉強すると、最初の頃に「発達の意味」を考える科目と出合います。成長とか発達には、どんな価値があるかというテーマです。発達に良いとか悪いとかがあるのか。何を持ってそう判断できるのか。かなり重いテーマです。ですから議論はすぐに教育哲学のテーマになります。その中で必ず検討することになるのが、「自由」をめぐる価値判断です。簡単にいうと「赤ちゃんは自由が不自由か?あなたはどう思うか?」というものです。

人はどんな生き方をしても、それは確かに自由なのですが、自由の一般的な定義は、自分の意思でそれを決める、という自己決定の原理です。哲学の議論を遡ると、自由に決めたと本人が思っていても、それは生理的・社会的な欲求に突き動かされているだけであり、決して自分で決めたのではないのではないか、という決定論を乗り越えてきた歴史があります。したがって赤ちゃんは幼少の頃はまだ自分が本当に望んでいることを自由に決定しているのではないから、大人に比べて自由が少ないと考えられています。

そうだとしたら、いつ頃から「自分で決めること」が「自由に生きること」と一致してくるのでしょうか。それは「望ましいことを選べる自由選択の力」を獲得できるまでです。その社会が求めてきます。いわゆる「人に迷惑をかけないことを判断できる力」です。よく自由と責任の話になります。その発達の境目が「子ども」と「大人」の違いだとすると、児童福祉法は18歳ですし、選挙権を持つのも18歳になりました。自分がとった行動に社会的責任が発生するという形で、民主主義社会の法治国家は、そのバランスに一貫性を持たせています。

しかし、大人になって、その自由意思に基づいて行動していると本人も思っていても、実は幼少の頃の経験が、その後の可能性に大きな制約をもたらしていることも事実なのです。保育は子どもが大人になっていくスタート時点に関わるので、その子どもに待っている潜在的な力が十分に発揮できるような環境にしておくことを、私たちは意識して大切にしています。

保育の質を高める場所は感覚の入り口に

2020/06/19


年度の初めには、新しく園生活を始める方のために当園での生活や保育の方針を説明するようにしているのですが、今年はその話をする機会が6月になってしまいましたね。子どもたちの健康状態は17日(水)の全園児健康診断で問題がないことがわかりました。健康診断は国の基準によって実施が義務化されていて、日本の認可保育園はそれを実施しなければなりません。親が自分の子どもは健康だと思っていても、医師が見れば異常が見つかることがよくあるからです。定期的な健診は子どもにとっては、とても大事です。

長い閉園で子どもたちの心身の状態が心配でしたが、夏の水遊びを前に、予めその状態を確認することができました。ちなみに新型コロナウイルスは塩素に弱いので、プールの中で感染することはありません。毎年のことですが、水に触れたり紫外線に当たることが多い夏は、それへの配慮も大切です。当園はプールを使いますが、水泳をするつもりはありません。あくまでも暑い夏をいかに涼しく過ごすか、「涼を取る」という意味が大きいのです。水との上手な付き合い方や水の特性を知ることです。

昨日18日(木)は、避難訓練も行い、神田川の向かいの「佐久間橋児童遊園」まで避難の練習をしました。東京都は避難訓練と消火訓練を毎月実施しなければなりません。避難訓練は地震と火災によって避難パターンを変えています。いずれにしても火災が発生して避難する想定なのですが、身の安全を確保する行動に普段から慣れておくことが、いざというときに不要に怖がったり慌てたりしないですみます。避難階段を普段から使うことも重要な生活の一部です。

今日19日(金)は6月の誕生会でした。2階と3階のフロアを使って開催しました。2階のダイニングエリアを誕生会のメイン会場にして、今回はわいわい組が3階にいて参加しました。参観を希望される方はお申し出ください。ただし、新型コロナウイルス対策として、保育園内への参加は、普段一緒に家庭で生活しているご家族の方だけにしていただいています。

午後からは、子どもの咀嚼を研究されている管理栄養士の方と、離乳後の1歳半から3歳ごろまでの時期の「食育」の大切さを確認しました。どんな食材や調理方法、食べ方などが好ましいのか、その研究に協力することにしました。咀嚼というと、いかにもピンポイントなテーマのように思われがちですが、口腔での舌、上顎、下顎、まだ歯がない歯槽底の刺激、など色々な動きができるようになっておくことがとても大事です。その発達にも敏感期があることがわかっています。その時期の「咀嚼力」は、その後の食の基盤になってくる大切ものなのです。また子どもによって、感覚器の感受性は大きく異なります。見ること、聞くこと、味わうこと、匂うこと、触ることにも敏感な子から鈍感な子まで、色々です。咀嚼は口腔内の運動と言われるように、見ること以外の感覚が総動員されています。ただ味の問題だけではありません。その体験の質を向上させてあげるための環境とは何か、働きかけはどうしたらいいか、そこが保育の質になります。

見守る優しさを物語る右手の指の「コンコン」

2020/06/15

赤ちゃんは1歳7か月にもなると、こんな気遣いができるのかと、感動した15日(月)の朝。お集まりで先生が一人ひとりの名前を呼んでいると、Yちゃんはサッと手をあげてにっこり。その直後、右隣に座っていた1歳4か月のMちゃんの名前が呼ばれました。するとYちゃんは「ほら、名前を呼ばれたよ、手をあげたら」とばかりにMちゃんの腕を上げさせよとします。しかしMちゃんは、その気がないようなので、促されません。Yちゃんは、せっかく教えてあげているのに、手をあげようとしないMちゃんの左手をそっと離し、でも離した手の指だけは、Mちゃんの手の甲を優しくちょんちょんと触っていて、まるでその手が見守ってあげているような仕草なのです。言葉だけで説明するのは難しいのですが、その仕草の優しいこと。ああ、こんな風に人の気持ちというのは伝わっていくのだなあ、と感心しました。わらすのブログに心の窓の話が出ていましたが、心が通うというのは、たった右手1つの動きの中ででも饒舌に物語ることができるということに気付かされたのでした。

top