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園長の日記

平凡なる日常の偉大さ

2019/08/27

◆平凡な日常の素晴らしさ

保育の質は平凡な日常に宿る。そんなことをお伝えしたくなるのが、大きな行事が終わった後です。確かに普段できないことをやる「非日常」である行事は、普段できないことをやるからこそのイベントですが、毎日がイベントだったらそれはもう、イベントではない日常です。

ディズニーランドで働いているスタッフは毎日がイベントのようにキラキラ輝いているわけではないでしょう。平凡な日常があるからこそ、ハレとしての非日常が輝くのでしょう。親子遠足、神田祭、盆踊り、子ども縁日、そして屋形船納涼会。たまにあるから、貴重な体験になるのだと思います。

◆思わず拍手を送った光景

でも、しかし、それでも・・大事なのは日常の方ですよね、ということを話したくなるのです。今日、素晴らしい光景を目の前でみました。これは「一見さん」にはわからない素晴らしさです。毎日の生活を共にしているからこそわかる素晴らしさです、思わず目を見合わせて、心で拍手を送りました。

それは朝、USくんがネットのマス目から体を下に降ろしていく時のことです、巧みに両腕をすぼめて、網目から肘を上手に抜くと、ゆっくりとじんわりと自分の体を両腕で支えてマットの上に着地したのです。体幹が全身の動きを調整し、上腕が全体重を支える懸垂力が育っていたのです。このような、静かで目立たない育ちは、毎日見ていないと気付きません。鉄棒の逆上がりができた!というような華やかさもありません。競争して一番になった!という達成感や優越感もありません。でも、です。この小さな一歩一歩の積み重ねが、大きな成長に繋がっていくのです。

 

◆この毎日の積み重ねに勝る方法なし

同じようなことがいっぱい起きています。積み木の乗せ方、パズルの組み合わせ方、巧緻性が育っているLaQの制作物、色鉛筆での塗り絵の上腕と手首の滑らかさ、食い入るように見入っている図鑑や絵本、先生が読み聞かせている面白い生き物の絵本の世界・・・この毎日の積み重ねに勝る強力な方法はありません。

 

◆食事の提供ガイドライン

私は厚生労働省の食育に関するガイドラインの検討委員だった時期がありますが、その時、委員の全員が大事にしていた考えは「食育は毎日の食事が大事であって、イベントとしての食育活動ではない」ということでした。いまだに食育が何かの見栄えのいいイベントをやればいいと勘違いされている節がありますが、そうではありません。

◆誰も言わないけど「美味しい食事」が基本

当園の古川栄養士が作る献立の素晴らしいところは、毎日の食事が実に美味しいという、このもっとも大切でシンプルな事実にあります。これができそうで簡単にはできないことなのです。好き嫌いやら、食べ残しやらの課題が「おいしさ」抜きに語られていることが、不思議です。美味しいと食べます。同じ食材であっても調理によって、味が変わり、美味しいと子どもは食べます。

この当たり前の「日常の味の美味しさ」がベースになるからこそ、その上に偏食やら、誤飲を防ぐ切り方や盛り方、リスクの少ない喫食方法やら食事マナーやらの話が出てくるのです。

◆平凡な、しかし偉大な日常

千代田せいがは毎日の生活の質を大切にしたい。行事のために、おろそかになる日常は避けたいと考えます。平凡な日常の中に偉大な本質があるのです。その様子は各クラスのブログがお伝えしています。

 

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