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2022年 8月

つぶやきから伝わってくる強い気持ち

2022/08/30

自分なりにやった判断とその結果が他人に認めてもらえないとき、二つの選択肢の前で人は戸惑います。それまで自分はそのように生きてきたし、それでとやかく言われたことはないから、これまで通りAのやり方を続けよう。これが選択肢A。

もう一つの選択肢Bは、それまで自分がやってきたことではうまくいかないからこそ、その他人が認めてくれないのだと素直に自分自身のあり方を省察してみることです。するとそれまでとは違った気づきが生まれ、歩んでいく視野が見つかるかもしれません。

なんでも認め合う関係というのは、なんでも許し合う関係でもあるかもしれませんが、それだけでは信頼し合う関係には、育っていかないのではないでしょうか。人間性の開発とは、人間関係の発達でもあるからです。

この選択肢AかBかを選べと言われたら、私は迷わずにBを選びます。もし、仮にBの否定(結果的に提案でもあるもの)が自分に合わないと最初からわかっていたとしても、自分の中から出てくる現状維持への惰性に従ってしまうことが、自分で考える道を閉ざすからです。異論があること、他の見方や考え方がより良いものであることを発見できる可能性があるなら、私は選択肢Bを選びます。その思考の結果、やはり最初にやってきたことで良いと判断するなら、それでも結構。同じ結果であっても、その生き方は水と油ほど違うと思います。いったん自分の中を通したものと、最初から拒否したものとでは、結果に対する自分で納得する責任感が違うからです。

今日30日(火)、昨日と今日とでは、子どもたちが違います。昨日がそうだったから、今日もそうなるだろうと考えるかもしれませんが、月曜日と火曜日とでは、子どもの何かが違います。昨日も捕まえたトンボを、今日も捕まえて帰ってきた子どもたちですが、「エンチョーセンセーイっ!」と大きな声で呼ばれて、「お帰りなさい。どうしたの」と玄関へ出ていくと、虫かごにトンボが三匹、逃げだそとうとして、羽をバタバタと音を立てています。かなり大きな音です。

「よく見せて」というと、私の目の前にカゴを突き出して、見せてくれます。三匹のトンボは、それぞれ捕まえた子どもがちがっていて、Sくんが「これはHちゃん、これはRくん」と教えてくれます。するとHちゃんが「私ももちたい!」と、Sくんからカゴを無理やり取り上げようとして、力づくの取り合いになります。

すると、それをみていたRくんは、「逃してあげないとしんじゃうよ」と小さい声でポツリ。彼もカゴを持ちたいのかな?と私は思いましたが、SくんとHちゃんの取り合いが終わっても、トンボのそばに行かないので、本当に逃してあげたいと思っていたようです。そして二人には何度もそう言ってきて、それでも無視され、やらないことがわかっているから、もう諦めている、そんな顔でした。

4〜5歳の、こんな小さいうちから、友達の力関係もわかっている中での、トンボのことを気にかけているRくんの様子に、私は気持ちが動かされませす。このような瞬間は、誰の記憶にも残らないだろうなあ、と思いながら、Rくんの「トンボ、逃してあげないと」という言葉の繰り返しに、「そうだね」と、深く頷いてあげたのでした。わかってほしいという強い気持ちが、呟きにしかならないこともあるんですね。

あれ!?と思う瞬間から次の一歩へ

2022/08/26

「あれ、固まった!」。

3階のパズルゾーンにある遊具を、じっと見つめている年長のTY君が、突然そういいました。遊具とは円柱状の透明な容器の中に、粘性の高いドロリとした液体が入っているもので、筒は3層からなり、穴を通って下へゆっくりと落ちてくる仕掛けになっています。例えると、砂時計の砂の代わりに、スライムのような硬めの液体が入っていると思っていただくといいでしょうか。筒をひっくり返すと、数分かかかって、下にゆっくりと流れ落ちてきます。

その動きが面白いので、子どもたちは集中してその動きを見つめています。私もそれが好きで、時々、頭の中を空っぽにしたくて、じっと眺めてリフレッシュツールとして使うことがあります。すると、いろいろなことに気づきます。中のドロリとした液体は、落ちてくる時に、最初は太い線になって穴から落ちてきます。その先端が底につくと、螺旋を描くように、細いロープ状になってクネクネと回りながら、ちょうどソフトクリームの輪ができるように、積み重なっていきます。

その回りかたは、やる度に右回りだったり左回りだったりします。そしてロープ状になった液体は、だんだん細くなります。なぜ細くなるのというと、下の部屋の空気が上の部屋へ押し出されるので、そのため液体が抜ける穴が小さくなるのです。その時、まるで細い液体が落ちるが止まったように見える瞬間があり、その時、子どもによっては「固まった!」「止まった!」ように見えるのです。

その気づきは、まだ不思議だな、という思いにはなっていなくて、「あ、止まった!」という事実としての気づきです。でも、どうして止まるんだろう?と思うのでしょう、見ていると、大抵の子どもは、瓶を手にして、斜めに揺らしたりするのです。すると落ちている細い液体は、向きを変えて落ちていることを教えてくれます。「あ、動いた」と言って、また元のように置いたり、ひっくり返してみたりしています。

実は、この呟きや操作をしている時、STEM体験が起きているのです。つまり、あれ!?という気づきがあって、なんでだろう?という興味から、対象をよく見ようとして持ってジッと見つてみたり、揺らしてみたりすることが、子どもがおこなっている、いわば「仮説検証実験」とでも言えることになっているのです。どうしてだろう? そう思って手にしてみる。あれ、なんだろうと思って近寄ってみる。これは、科学的思考の芽生えなのです。

「そんなことなら、子どもはしょっちゅうやっているよ」と思われるかもしれません。大人が持っている物に興味をもって「それなあに?」と、いろいろ手にして触ってみたり、真似していじってみたり、分解してみたり。時々、大人にとっては困ったことになることもあるでしょう。このような興味から引き起こされる行動に対して、昔から私たちは「こどもは小さな科学者である」という表現で、大切にしてきました。

中でも、「こうかな? ああかな?」と、ある現象に対して試してみたり、一歩進んで「どうして」そうなるのか仮説を立てて試してみたりするようになると、それはもう立派な科学的思考と言っていいものです。赤と青を混ぜたらこんな色になったから「じゃあ、これに緑を混ぜたらどうなるかな」と考えたりすること。ここに科学的な営みと同じ思考が動き出していると言えるでしょう。

この遊具が面白いのは、大人にとっても「あれ?」と思うような動きをすることです。液体が下に落ちてくると、その体積分の空気が、風船のような形をして1つ上の部屋に移動しようとするのですが、どうしてその大きさになるのかは、気圧と粘性度の関係で変わります。子どもたちはまだ、そこに不思議さを感じることができません。流体力学の知識が加わると、同じ現象を見ても、見えてくる物の奥深さが変わってくるのです。

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