













2025/09/01














2025/08/26
現在のような情報化社会になると、インターネットなどで知識は覚えなくてもすぐに手入るから、ただ知識を答えるための教育は変えなければならない、という主張をよく耳にするようになりました。ここでいう知識というのは、どうも、一旦加工処理された知識を指しているようです。

本やデジタル書籍など書き言葉や図や絵になったもの、紙の楽譜やレコーディングされたもの、そうしたいわば情報化されたもの全般を指しているようです。そうしたメディア化された情報としての知識は、確かに手に入りやすくなり、それを覚えておくような意味での「知識」はすぐに手に入るということはよくわかります。生成AIが生活の伴侶のようになってきた現在、知らないことは聞けば教えてくれます。
しかし日々子どもと接していると、それは非常に限られた情報としての知識にすぎない、ということがすぐにわかります。赤ちゃんから年長さんまで、ものを手に取って触り、時には口に入れたり、積み木を積んだり、絵や文字をかいたり、体を動かし跳んだり跳ねたり、友達と一緒にゲームとしたり何かを作り上げたり、公園や林で虫や草花に触れてみたり。
そうした体験からえるものは、すべて「知識」でもあるのです。身体の知覚と行為が盛んに行われている限り、そこには名付けられていない営みが厳然と起こっており、そこにはまだ名付けられていない「知識」が躍動しています。
それは子どもたちの遊びのプロセスをよく観察してみるとわかります。私たちが機能や目的や意味を見出して命名すると、まだ名付けられていなかった、つまり隠れていた情報から「知識」が生成しているという見方だってできるからです。公園である虫をみつけました。名前は分かりません。図鑑で調べてみました。すると「ハナムグリ」の仲間らしいということが「わかり」ます。
では、この体験のプロセスの、どこから「知識」というものが成立したということになるのでしょうか?まだはっきりと分類されていない新しい昆虫を発見したとしたら、それは名前がまだはっきりししないから、正しい知識ではない、などということはないでしょう。もしそうなら、それなら発明や発見は知識ではないことになってしまいます。
虫ではなくて、色水遊びの色だったらどうでしょうか?子どもたちは赤、とか青とかいいますが、どんな場合でも、ある二つが全く同じ色なんてありません。微妙に違うはずです。和名の色は自然からとった命名法によって、実にさまざまな色の名前をもっています。すると分類によって知識の量が変わってしまいます。それと同じことが細分化された学問や研究の知識は、だれも全体が見えないほど膨らんでしまいました。誰が知の巨人だかわかりません。きっとそいういう知識ならAGIがそうなるでしょう。
要するに五感をフルに使った体験がまずは非常に大切で、生きるために不可欠な体験をたくさんすることです。
(以下は保育士等の専門家向けの話です。)
それでは知識というのは言葉のような表象記号、コーディングされたものをさすのではなくて、保育にける知識とは身体的接地がある情報を大切にしているように思えます。その受け取っている経験をいかに大切にしていくか。それがいかに「資質・能力」の循環として、生成しているか。またそれが生きる力になっているか。そのなかで動いているものの一面が知識と呼んでいるものでもある、ということでしょう。
もっと言うと「知識」に限らず、資質・能力の説明の中に出てくるキーワードは、全てそうした経験の1部として動いているときに、初めて意味をなすようなものなのでしょう。この事は「子どもの姿」と言う表現になっていることとも関係があるはずです。
2025/08/19

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2025/08/19
年長のすいすい組にもなると、次のような推論ができるようになるんだな、と感心しました。今日はこんな実験を私と楽しんだのです。坂道をつくることができるキットがあります。坂道の高い方から車を滑らせて、どのくらい遠くまで走っても止まるかと調べます。傾きを変えて調べました。坂道が急なほど、遠くまで車は走ります。

また坂道は表がツルツルで、裏がキザギザです。車はツルツルの方が滑り落ちるスピードが早く、車は遠くまで走りました。そういうことを色々試したあとで、坂道を2枚つないでみたのです。長さが2倍です。スピードも1枚のときよりも早くなりました。ところで、みなさんにクイズです。2枚の坂道の繋ぎ方の順番で、速さは変わると思いますか?2枚の坂道を、高い方から低い方へギザキザ+ツルツルと繋いだ場合と、ツルツル+ギザギザと繋いだ場合、どちらが車のスピードは速いと思いますか?

試してみると、ギザギザ+ツルツルの方でした。そして私が感心したのは「どうしてだと思う?」と質問すると、その理由を説明してくれたことです。子どもの言葉をそのまま再現できませんが、ギザギザから次に早くなるからだ、というようなことを力強く説明してくれたのでした。
2025/08/07

昨日6日(水)から、昼食のときの「当番活動」が始まりました。小学校の班活動と同じです。11人のすいすい組は、ちょうど馬場のぼるの絵本「11ぴきのねこ」シリーズのように、仲良くいろんなことができるようになりました。正式なクラス名は「なんでもしよう すいすいくみ」です。昼食の当番活動というのは、配膳のお手伝いです。ご存知のように、当園の配膳スタイルは、東京都から「偏食予防の理にかなっている、東京都に広めたい」と称揚され、都知事賞を受賞しているものです。
そのポイントは、自分で自分の食べられそうな量を「自己決定する」ということです。どれくらい食べたれそうかな?ということを自分で決めます。味がわからないときは「味見」もします。その上で、どれくらい食べられそうかを自分で決めるのです。ただ、全く食べないということも例外的に認められます。どうしても無理、ということもあるからです。
もう一つ大切にしているのは、ホテルなどのバイキングのように、好きなものを勝手になんでも取っていいというのではありません。かならず量を言って、他人によそってもらうのです。そこで「セミ・バイキング」と呼んでいます。そのとき、必ず「発言」があります。ふつう、ちょっと、いっぱい、などと自分の意思を伝えます。自分の考えを伝えること、口にしてみること。これが毎日必ず最低1回は、この場面で生じます。自分で考える、思い巡らすということが起きます。それを言葉で表現するという機会にもなります。やりとり、コミュニケーションが発生します。
これはにこにこ組、場合によっては、ぐんぐんでもやっています。先生を相手にしながら、自分の意見や思いをちゃんと伝えていくということです。このやり取りの中で、気持ちと言葉のつながりも体験していきます。
ささやかなことのように見えますが、これが自分に関係することに自分で影響を与えることができるという人権の基本形がここにあるのです。ささやかなことだからこそ、大切にさなければ、大きなことにコミットする力に育たないかもしれません。人権が保障されるというのは、本人の意向や意思や無意識の思いも含めたことがら(子どもの権利条約の意見という言葉は、もともと「view」です。意見と訳されていますが、本来は思いや意向です)が「自己発揮」できるということです。
そういう大切な機会を担うのが当番活動にもなっています。
2025/08/06
今日の野菜の味覚探検は、ブロッコリー・カリフラワー・ロマネスコの3種類。ロマネスコという野菜は馴染みが薄いかもしれませんが、カリフラワーの一種です。サクサクと、あっさりした感触の味わいです。

今日の活動で驚いたのは、この活動は回を重ねるたびに、にこにこ組の子どもたちが、野菜を食べることにとても意欲的になっていることです。4月のアスパラガス、5月の豆類、6月のヤングコーンと、今日が4回目ですが、食べる前から手を荒らい、席につき、始まるのを待っている姿からして可愛い!と思いました。

その後の展開の詳しい報告はまた改めてさせてもらいますが、最後は3つとも食べて、おかわりのリクエストのあとで、まだ「食べたい」気持ちがあるけど、もうお終いにしないといけないから、がまんしている姿が愛おしいかぎり。その後の、給食でもまた意欲的に食べていました。

余談ですが、昨日卒園児がSSSで保育のサポートに来ていたのですが、小学校で苦手な野菜がでると苦労しているようでした。彼女曰く「楽しいはずの給食が苦痛」というのです。また午後に実習オリエンテーションに来ていた短大生にその話をすると「私たちのそうだった」といいます。
食べ物が好きなる方法が歴然とあるのに、そのやり方を学ぼうとせすに、また子供の意見や気持ちを尊重せずに、ただ精神主義で食べさせるというのは、もはや子どもの権利条約違反であり、人権侵害なのですが、どうもその感覚が希薄なようです。

当園の食事の様子をみてもらいたいと、切に願います。当園の困ったことは、子どもが食べないのではなく、食べ過ぎる方です。もっと食べたくて、食べすぎないように気をつけてあげることの方が多いかもしれません。

(おまけ)ロマネスコの形は、数学の幾何学ででてくる「フラクタル」が視覚的によくわかります。その説明がよくわかるサイトがあったのでご紹介します。
ロマネスコの花蕾部分には、数学的な法則が隠れていること、ご存じでしたか?それは「フラクタル=自己相似性」というもので、図形の全体を一定の法則でいくつかの部分に分解していった時に全体と同じ形が再現されていく構造です。たとえば、正三角形の中に正三角形を作っていく、こちらもそうですね。

2025/08/04
年長さんのお泊まり会(7月18日)の前ごろから、幼児クラスは縄跳びが流行っています(7月17日・29日の保育ドキュメンテーションをご覧ください)。

縄跳びは、運動面も育ちますが、跳ぶたびに数えるので数(カウンティング)も覚えますし、どうやったらうまく跳べるだろう?という考える力も育ちます。またどうやったらうまく跳べるかを話し合ったり、伝え合ったりする言葉も育まれています。

今日見ていたら、先生たちが、文字や数を「書くこと」にも発展させていました。自分の名前、日付、何回飛んだという数字、跳び方(まえまわし うしろまわし、など)や感想などを書き込んでいます。わからない文字はひらがな表をみて真似したり、友達に聞いたりして、覚えていきます。


もっとたくさんとべるようになりたい!という意欲が、いろんな活動に広がって、いろんな力を育んでいます。
2025/07/31
都内私立中高の高校生1年生が4人、保育体験に来ました。昨年も夏休みにきた4人で、子どもたちが好きだそうです。ちっち組で4人が順番に紙芝居を読んであげたり、わらすで遊びの相手をしてあげました。4人に書いてもらった感想を紹介します。

「大きくなってからくることで違った体験ができました。大きくなってから見ることで子どもの世界はとても素敵なもんだと思いました」
「絵本をよむとみんな喜んでくれてうれしかった。乳幼児とコミュニケーションをとることがむずかしかった」
「一番大きい子と一番小さい子といっしょに遊んだりお話ししたりしました。みんなとってもかわいく、また子どもの接し方の勉強になりました」
「わいらんすいのクラスはちっちに比べて意思がはっきりしていて驚いたが、あんな積極的に話してくれて嬉しかったし、また来たいなと思いました」
こうやって将来、保育の道を選んでくれたら嬉しいですね。

2025/07/28
オンライン英会話や留学を企画運営する団体「スマイルエイジェイエヌ」(SmileAJN)の代表・田村すみれさんが本日、イベントの紹介にいらっしゃいました。大手の英会話教室ではなく、子どもも大人も年齢に関係なく、英語を通じていろんな夢を叶えるお手伝いをしたいという趣旨に賛同したので、応援することにしました。
AJNとは Age is just a number (年齢はただの数字)の頭文字。つまり何事も年齢は関係ない!という趣旨です。


2025/07/23
今日は保育環境研究所ギビングツリー(藤森平司代表)が主催する研修会「第59回保育環境セミナー」二日目。見学園の実践発表、ミマモリングソフトの使い方、ドイツ視察報告、見守る保育・藤森メソッドQ&Aなどがありました。私は午前中に「子ども同士の関わりで育つ6つの力」について解説しました。

子ども同士の関わりから育つことはいろいろあるのですが、そのうちよく話題になるものとして「共感・思いやり」「自分をコントロールする力」「アタッチメント形成」「違いを知ること」「さまざまな問題を解決する力」「発想力・創造力」などについて、それぞれどのように発達していくのかを説明しました。
