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10の姿(保育アーカイブ)

磁石遊びと砂鉄の実験(カ 思考力の芽生え)

2025/11/04

年長ぐらいになると「磁石」のことはもちろん知っています。そこで「くっつくのはどれか?」持ってきてもらいました。

洗濯バサミ、穴あけ、ウイスキーボトルの箱の蓋などが集まりました。ホワイトボードや冷蔵庫、家具の縁なども「ついた!」と教えてくれます。

つくのとつかないがあるね。そこからKくんからは「鉄だよ」という言葉もでたり、S君からは「鉄から星でできるんだよ」という知識が披露されたり。

磁石は鉄につくということにして、じゃあ、磁石と磁石はつくの?と聞いてみます。つくよ!とすぐに返事が来たのですが。

あれ、という感じで、ピタリと重なり合いません。必ずずれます。

私があえて、ピッタリ合わせてみてよとリクエストするのですが、どうしてもできません。どんなに力をいれても、グルンと動いてピタリと重なり合いません。かなり力を入れても大人でも無理です。その力の強さを実感してもらいました。

そうこうするうちに、子どもは瞬間的にいろいろ思いついて遊び出すのですが、二つの磁石で「洗濯バサミ」を引き合うと、いつも同じ方に洗濯バサミがつくことに気づきます。

そして彼が「こっちが勝ち」とか「こっちが強い」という言葉を使うので、わたしから「じゃあ、三つあるけど、どれが一番強いのかな?」というと、3つの磁石で3通りの組み合わせを順番にやり始めます。そして「これ」とわかりました。

そこで私が新しい4つ目を出して試してみたら、最強のものがまた勝ったのですが、やりたい!という別の子Fちゃんがやると、4番目の方が勝ちました。そこから他のものと比べ始めるかな?と思いましたが、そうはなりませんでした。

代わりに「指がほら」と挟まったりするので、紙とかタオルとかを挟んでみます。たまたま保冷剤もあったので、「これでもつくかな?」とやってみると、あの厚さでも引き合うのですね。

そこでどうしてだと思う?と説明を求めました。Kくんが話してくれるので動画に収めました。

「こっちの磁石の力を運んで、違う磁石に強さがわたる」と言います。なにかが伝わっているのだというイメージがありそうです。それを着ていた二人もそうそう!という顔をしています。

さて、ここまでが私にとっては今日のメインの活動のためのフォーミングアップのようなところです。

砂場の砂を取り出して、「このなかにも磁石がつくものがあるかどうか、やってみるよ」と、磁石をビニール袋に入れて、砂鉄を探しました。それを集めて試験管に入れて眺めます。

するとすぐに、外から磁石をくっつけて動かし始めます。「ほら、みて!」と3人とも興奮気味です。「これはね、砂の中にあった鉄だから、砂鉄っていうんだよ」と話しあげました。

他の砂よりも黒く、中には小さな鉄片も含まれていて、それも動くので楽しそうです。試験管は底が丸くて磁石が離れて落ちてしまいやすいのですが、上の方へ砂鉄が引っ張られていくのがよく見えます。

Fちゃんは「ほらみて」と磁石を話すと、下にドサっと砂鉄が落ちる現象をみつけて、教えてくれました。

そのあと紙コップに移して、砂鉄のダンスを楽しみました。針山のようにツンツンと立つのですが、磁力がそれほど強くないので小さいトンガリしかできませんでしたが、それでも「これみて、できた!」とそのツンツンを作って動かしていました。

Kくんは「水に溶かしてみたい」とか「いれたのを凍らしてみたい」などのアイデアが溢れ出します。今度やってみることにしました。

電車にのって「ちょっと小松川公園まで」と遊んでくる(ウ 協同性)

2025/10/27

年中のらんらん組と年長のすいすい組だけで、江東区の小松川公園まで、散歩にでかけました。そこまで出かけられるようになったのは、この半年の成長を物語っています。年度はじめでは、とても考えられません。電車に乗って散歩に出かけるためには、目的に応じた自己制御の力が育っていないと、なかなかできるものではないからです。

集団で同じ目的に向かって同じタイミングですることがたくさん含まれいます。それぞれバラバラになってしまうと、それはできません。駅の階段は一列で歩く、列の間は開かないようにする、ホームに集まる、一斉に扉から乗り降りする、歩道を交通ルールに従って歩く・・・やるべきタイミングと方法で同じ目的に応じていくこと。

大人ならなんの苦もなくできることも、この子達にとっては「よくここまでちゃんとできるようになったね」という称賛すべき成長なのです。こうしたことができるようになっていくとが、一人一人の自信にもなります。同時に、またお互いにそれを引き出し合う集団の力の大きさを物語ります。

小松川公園は江東区の荒川沿いにあります。都営新宿線で東大島駅までは乗って15分。さきほどの手段行動が安全にできるようにれば、歩いていく散歩先とそう変わらない時間で往復できるのです。わらべうたや鬼ごっこを丹そんだ様子は保育ドキュメンテーションでどうぞ。

公開保育で子ども姿と保育について語り合う(資質・能力)

2025/09/10

区内から保育園の先生たちが15人「公開保育」に来られました。午前中は保育を見学していただき、午後は和泉橋出張所でディスカッションです。公開保育は千代田区も推奨しており、地域のなかで保育を見合うことで、環境を通した保育のアイデアを交換したり、先生たちの交流の機会にもなります。

午前中に参観してもらったのは、乳児のくつろいだ保育の雰囲気のなかでの保育、2歳にこにこ組の野菜の味の探究の姿、そして幼児のゾーン保育の様子などです。

保育は生活と遊びからなっており、子どもの本分ともいえる遊びは生活全体の中に浸透しています。その「遊び性」は子どもの本性から現れてくるものであり、それで満たされていなければ、子どもの心は生命力を失い、子どもの心は干からびたものになってしまいます。これは例えではなく、事実です。

また遊びは学びでもあり、ときに探究でもあります。午後のディスカッションでは、幼児教育の見方考え方や資質能力からみた子どもの姿の捉え方などを説明しました。

ちょうど幼児では運動ゾーンで、大縄跳びで遊んでいる子どもたちがいたのですが、見学者によると「とぶ場所がずれないように印をつけるといい」と話していたそうです。その事例について、遊びの姿を「資質・能力」の言葉を用いて探究として次のように述べることができるでしょう。

<以下は保育者向けの話です>

とんでいる(技能)うちに跳ぶ場所が徐々にづれていくことに気づいた(知識)ので、どうやったらずれないようになるかな?工夫していみることを考え(思考)、そうだ自分で跳ぶ場所を意識できるように床にテープでバツ印を貼ったらいいのではないか(判断)と、「まって!印つけるから!」と言葉をかけていた(表現)。

綱に引っかからずに跳べるという「知識」「技能」を得た子どもが「思考・判断・表現」しています。そこを行ったり来たりすることが多ければ多いほど、また活発に動いているほど、遊び性が豊かであるわけですが、それを動かしている原動力「もっと長く跳びたい」という目標意識としてあらわれている「意欲」です。つまり「非認知的能力」といわれる「学びに向かう力、人間性など」になります。それは「心情・意欲・態度」が中核です。

ここでいう態度とは、非認知的能力であり、できるという技能ではなく、心構えであり、意欲が実体化されたもの、人権という潜在的なものが自己発揮されていく姿を表すものと押さえておくといいかもしれません。

 

試そうとする思考と判断と表現に探究がある (ア 健康な心と体)

2025/09/04

「こう跳んだらもっとよくなるだろうと色々試しながらやっています」。縄跳びに励んでいる子どもたちの姿について、先生たちは、こう話しています。失敗しないで跳び続ける回数が増えていくということは、何度も同じことを繰り返し行う「練習」があるわけですが、そのプロセスを「資質・能力」の育ちとして捉えると、こうなるでしょう。

縄が足の下を通過するときにピョンと跳び上がり、縄が頭の上を回って戻ってくるまでの間に、1回チョンと小さく跳んで、チョン・ピョン、チョン・ピョンとリズムを刻んでいきます。その跳び方や身につけていくスキルを「知識・技能」だとすると、頭で覚える知識ではなくて、身体的なスキルと一緒にに取り込んでいく「身体的知」のことであることがわかります。つまり、幼児期の知識と技能は身体的に一体化したものであり「身につく」ものだといういい方がぴったりきます。

その知識・技能を使って、もっとたくさん続けて跳びたいという目標に向けて、跳び上がる場所がだんだんずれていかないように同じ場所で跳ぶようにするとか、同じリズムになるように跳ぶとか、どうやったら縄に足がひっかからないように足を地面から浮かせるかなど「考えながら」いろいろと「試している」ことがわかります。

そこには、こうやってみたらこうなったから、じゃあ、今度はこうしようという判断が行われていて、結果的により長い時間とべるようになっていく姿としての表現が表れていきます。「思考力・判断力・表現力」の基礎になります。

そう考えると、目的に向かって試行錯誤したりする問題解決プロセスは、探究する姿と重なってきます。とくに、こうだったから、じゃあ、こうしてみようと工夫するところに探究の姿があるように思えます。

この原動力となるのは、目的に向かって諦めずに最後まで成し遂げようとする「学びに向かう力」と呼ぶ非認知的能力になります。長く続けて跳ぶことが楽しく、その達成感がうれしく、そのような心動かされる心情が、もっと続けて跳べるようになりたいという意欲を引き出し、それを繰り返すながで、挑戦し続ける態度が形成されていきます。心情・意欲・態度が育っていくのです。これが探究を続けていく原動力になります。

ツルツルとギザギザの順番で変わるリリース速度 (カ 思考力の芽生え)

2025/08/19

年長のすいすい組にもなると、次のような推論ができるようになるんだな、と感心しました。今日はこんな実験を私と楽しんだのです。坂道をつくることができるキットがあります。坂道の高い方から車を滑らせて、どのくらい遠くまで走っても止まるかと調べます。傾きを変えて調べました。坂道が急なほど、遠くまで車は走ります。

また坂道は表がツルツルで、裏がキザギザです。車はツルツルの方が滑り落ちるスピードが早く、車は遠くまで走りました。そういうことを色々試したあとで、坂道を2枚つないでみたのです。長さが2倍です。スピードも1枚のときよりも早くなりました。ところで、みなさんにクイズです。2枚の坂道の繋ぎ方の順番で、速さは変わると思いますか?2枚の坂道を、高い方から低い方へギザキザ+ツルツルと繋いだ場合と、ツルツル+ギザギザと繋いだ場合、どちらが車のスピードは速いと思いますか?

試してみると、ギザギザ+ツルツルの方でした。そして私が感心したのは「どうしてだと思う?」と質問すると、その理由を説明してくれたことです。子どもの言葉をそのまま再現できませんが、ギザギザから次に早くなるからだ、というようなことを力強く説明してくれたのでした。

なわとびで育つもの (ア 健康な心と体)

2025/08/04

年長さんのお泊まり会(7月18日)の前ごろから、幼児クラスは縄跳びが流行っています(7月17日・29日の保育ドキュメンテーションをご覧ください)。

縄跳びは、運動面も育ちますが、跳ぶたびに数えるので数(カウンティング)も覚えますし、どうやったらうまく跳べるだろう?という考える力も育ちます。またどうやったらうまく跳べるかを話し合ったり、伝え合ったりする言葉も育まれています。

今日見ていたら、先生たちが、文字や数を「書くこと」にも発展させていました。自分の名前、日付、何回飛んだという数字、跳び方(まえまわし うしろまわし、など)や感想などを書き込んでいます。わからない文字はひらがな表をみて真似したり、友達に聞いたりして、覚えていきます。

もっとたくさんとべるようになりたい!という意欲が、いろんな活動に広がって、いろんな力を育んでいます。

お泊まり会の意義 (イ 自立心)

2025/07/19

お泊まり会(保育園で一晩過ごすイベント)は、子どもの発達において多面的な意味をもち、大きな成長の契機になります。以下のような観点からその意義を捉えることができそうです。

1自立心の育成

まずは、なっといってもこれ。自立心の育ちですね。これは私たちが「10の姿」で大切にしていることの一つです。家族という安心できる環境から離れて、夕食を考えて作り、銭湯にも入って、寝てみるという、自分の身の回りのことを自分でやる体験は自立心を育てます。何を食べるかを話し合って決めたり、やってみたいと思いついたことを一つずつ実現していく、それも仲の良い友達と一緒に作り上げていくことができました。親と離れて過ごすけ経験は「自分でもできた」という自己効力感(self-efficacy)を高めたことでしょう。

2 不安の克服とレジリエンスの強化

「お泊まり会、もう一回やりたい!」という言葉が何度か聞かれました。それだけ楽しい体験だったようですが、中には不安を感じる場面もあったかもしれません。でも友達や先生たちと過ごす中で、そうした不安を乗り越える力が育つ経験になりました。不安な気持ちもあったけど、がんばったという経験はストレスに対する耐性(レジリエンス)高めます。不安の克服やレジしレンスが育つことで、たくましさが育つという意義は、現代社会において大きな意義があるような気がします。

3 社会性と協働の体験

自分で何かをしたいと決めて選び、また友達と協力してさまざまな活動を経験しました。科学技術館へいく、どこを回るか、どんなビザやアイスにするか、朝ごはんのメニューは? ドキュメンテーションでお伝えしてきたように自分たちに関わることへ、自分の考えや意見を反映させながら、お友達の意見も尊重していく。みんなと一緒にやる楽しさや、他者を折り合いをつける体験もたくさんありました。こうした遊びや活動を通して、自分と他者の共感感的な関係性も育つ機会になったと追います。

4 非日常の中での新たな気づき

バスに乗って公園などへいくことは、これまでもありましたが、すいすい組が何をするか考えて話し合って決まった場所であり、またお家の人に作ってもらったお弁当を作ってもらって出かけた場所として、普段とは異なる非日常の体験でした。そこでは初めて行ってみて、新しい発見がたくさんありました。銭湯も近所の人と話ができたり、屋上で花火をしたり、お泊まりの翌朝でかけた柳森神社も新たな気づきがたくさんあったことでしょう。

5 家族の再発見

子どもたちがお家にいない一晩、というのは親御さんにとっても心配な一晩だったかもしれません。子ども達にとっても、お家の人がいない一晩を過ごしたという経験は、お家の人の存在の大きさを再認識したことでしょう。今朝、「今日はいつ帰るの?」とお家へことへの思いを馳せている姿もありました。お家に帰ってからも、ぜひ振り返って話をきてあげてください。楽しかった、でもやっぱりおうちがいい、という親子の絆を深めるきかっけになると思います。

ハッと気づいて、なるほどと思ったこと「お盆を自分で戻したい」(イ 自立心)

2025/06/18

今日、私がハッとして、なるほど!と思ったこと。

昼食を子どもたちと一緒に食べていたら、私の後ろで2歳児クラスの子(2歳4ヶ月)が、大声で泣き出したので「なんだろう?」と振り返ると、先生が「ああ、ごめんね、自分でやりたかったんだね、ごめん、ごめん」と、その子に謝っています。自分でやりたかったこと、というのは「ごちそうさま」をして「自分のたべた茶碗やお皿やコップなどが載っているお盆を自分で運んで机に乗せたかった」のです。

私の後ろがちょっと狭くて、お盆をもってその子がそこを通る時に、先生がお盆を落とさないように持ってあげて、配膳台の机に運んであげたのでした。子どもの手からお盆が離れて、机に置かれるまでの時間は数秒、距離にして1メートルもないほどのことなのですが、その子にとっては、自分のやりたかった意思が阻まれてしまい、抗議の声を涙ながらに発した、という場面だったのです。

この先生が偉いなぁと思ったのは、心を込めて謝っていたからです。もしかすると「それくらいのことで、怒らないでよ、先生だって危ないかな、と思って手伝ってあげたんだから」。多くの人はそう思ってしまいかねない場面でした。

私も実際に、そういうことでも、自分でやってみたいんだね、かわいいなあ、と思いました。でも、冷静に考えてみると、どうしてそんなに怒ったんだろう? どうして、それをそんなにやりたかったんだろう?と想像してみることが大事なんだな、と改めて気付かされました。というのは・・・そういう気持ちにらなる理由が、ちゃんとあったからです。

私が「そうことで泣いてしまうなんて、かわいいよね」というようなことを言ったのです。すると先生は「今日、〜くん、下で初めて食べたんですよ」と教えてくれました。彼は食べ物のアレルギーがあって、他の子どもたちのを間違えて食べないように、彼専用の高いテーブルと椅子で食べていたのです。それが初めて今日他の子どもたちと一緒に並んで食べて、嬉しかったに違いないのです。

そして自分でも「あれ、やってみたいなあ」と思っていたことが、いろいろあったかもしれないのです。その一つが自分でお盆を片付けてみること、だったのでしょう。

「おかわりもしたんですよ」と先生から教えてもらいました。これまでは先生が運んであげていたのですが、今日は自分の椅子から立ち上がって、席から離れ、お皿をもって歩いて、おかわりもよそってもらい、自分の席にまた戻ることができたのでした。

自分でなんでもやってみたい時期の2歳児クラス、というのはよく言われることなのですが、まさにそういうやりたいことの意思がはっきりと表明されていたことになります。子どもは独立した人格と尊厳を持つ主体なんだ、ということでした。

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