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園長の日記

「ハリーがちょっと可哀想だった」

2021/07/21

私たちは子どもに対して、他人に優しい子になってほしいと願うことが多いわけですが、どうやったらそうなるのかと考えると、他人の気持ちを想像できることや、他人の立場になって考えることができるようになることだと、心理学では述べています。では、どんな時にそんな気持ちを想像したり、考えたりするかというと、他人のはずの相手が親しみを感じるような存在になった場合です。実生活の中では、家族や友達ということなのですが、人との繋がりが少ない幼児期には、実生活だけで親しい他者を多く保つことは難しいものです。

そこで威力を発揮するものが良質な絵本です。今日の「園長の絵本タイム」では、嬉しい感想が飛び出しました。4歳のAさんが「ハリーがちょっとかわいそうだったなあ」というのです。そうです、「どろんこハリー」が真っ黒になって、家族の誰からもハリーだと気づいてもらえないからです。ハリーは「ねえ、僕だよ、ハリーだよ」と伝えたくて、健気にもいろんな芸をするのですが、家族はおかしな犬だなあ、と行ってしまいます。そこに子どもたちは「ハリーが可哀想だった」と思うのです。

実はどろんこハリーの前に、先に「うみべのハリー」を読んであげたのですが、ハリーが最後に家族と一緒に大きなパラソルに入ることができるまでに、海藻まみれになってハリーと気づかれないどころか「お化けが出たあ」と怖がられたり、カゴで捕まられそうになってしまったりと、可哀想な目に合うのは「どろんこ」と同じです。気の毒な目にあっても最後は家族に暖かく迎えられるというハッピーエンドも同じなのです。このような物語を通して、他者への優しさが育つのだとしたら、絵本の力は大きいと感じざるを得ませんね。

絵本「ようこそ うみ」へ、ようこそ!

2021/07/14

こんな絵本の楽しみ方は、どこにも書いてないと思うのですが、今日やってみました。プロジェクターに絵本を映し出して、子どもたちと会話しながら、絵の細部を拡大して、確かめながら読み進めたのです。そしたら、かなり受けました。

どうしてそんなことをしたのかというと、絵本がそうしてほしいと訴えていたからです。絵本は、文・中川ひろたか、絵・村上康成のゴールデンコンビによる『ようこそうみ』。

大人2人と子ども8人が砂丘のような丘を駆け上ると、そこに海が開けていることに「おーっ」と驚いたり、サンダルを集めて空に放り投げたら、サンダルやビーチボールが雲に引っかかったり、それを取りに雲に乗って遊んだり・・・こんな他愛のない話なのに、子どもたちはゲラゲラ笑って大満足!ナンセンスなおかしみって、とにかく子どもの心をくすぐってやまないのでした。

 

 

今週の「ちょっといい話」

2021/07/10

月曜日。梅雨の長雨で被害を被られた方々は本当にお気の毒でお見舞い申し上げます。その梅雨のせいなのか、神田川側のベランダにカニがお目見え、一旦は玄関の水槽を用意したのですが、狭いところは嫌なのか出ていってしまいました。初めてカニを見た乳児もいました。また来てくれるでしょうか。

屋上のひまわりが咲きました。

和泉橋からよく見えます。このひまわり、昨年咲いたひまわりの種から育ちました。神宮司さんが、せっせと世話してくれたものです。ちょっとした清涼剤ですよね。

カブトムシくんたちも、子どもたちに大事なことを(身お挺して)プレゼントしてくれています。

私だって触れるも〜ん。(左指にご注目^_^)

季節感のある保育園にするには、生き物たちが教えてれてくる季節が一番ですね。

火曜日。アキバ分室の子育てひろば担当の松本さんが来園。永持さんの睡眠講座、アキバ分室でも開くことになりそうです。

子どもたちが作った色とりどり「風鈴」は、いろんなアート技法が取り入れられていて、和みます。

それを見つめてくださっていた親御さんたち。叶えてあげたいなあと寄り添う大人の優しさを感じました。

水曜日。7日の七夕では、笹の葉に願い事がいろいろ。幼な子の思い、きらきらと宝物のようにゆらめいて輝いていました。

絵本タイムは、『としょかんライオン』を読んであげました。

最後の「走ってはいけません」が、どう届くかな?と思ったのですが、子どもなりにウィットが理解できるようになってきたかもしれません。

木曜日。夏の水開きの日でしたが、屋上の野菜もどんどん大きくなっています。

「これな〜に」の指の先には、なす、きゅうり、すいかの花が咲いていました。

(ナスの花)

(キュウリの花)

スイカもぐんぐん大きくなってきました。

園で育てたものではありませんが、とうもろこしの皮むきを楽しんでいる様子は、クラスのブログでご覧ください。

金曜日。林修(はやし・しゅう)さんの作品「チェンソー」が玄関に展示されました。

海老原商店で展示されたものです。扉の廃材がアート作品に生まれ変わったものです。

子どもたちにも「美」の思い込みを揺さぶる「じわじわ効果」があると、いいな。

土曜日。今年1番の暑さ。東京ビエンナーレ開催。園児のMKさんと一緒に尋ねてきました。

詳しくはまたレポートします。

賞状を玄関に展示しました。6月に発表した、東京都社会福祉協議会保育部会の研究大会への貢献です。

絵本の読み聞かせ「ケロケロきょうだい」「めっらもっきら どおん どん」

2021/06/30

物語のある生活には、同時に「想像力」が働く時間が増えていきます。教育のことが話題になるとき、創造力が求められることが多いのですが、実は、その前提にあるのは「想像力」の方なのです。そして、その想像力とは、言葉の定義からして「目に見えないものを思い浮かべることができる力」のことですから、それは子どもが得意とすることであって、どんな時にそれが起こっているかというと、物語の中で自由に心と体を動かしているような時なのです。そんな思いがあって、私は絵本の世界と時間を大切にしています。どんな読み聞かせ方がいいかとか、作者の意図がどうとか、そう言うことも大切なことは私も大学の授業で学生たちに説明しているのですが、しかし、いざ実践となると、そこは相手=子どもの実態があるわけで、ほとんどが定石通りにはなりません。

今日の絵本タイムは福音館書店の「こどものとも」から3冊を選んでみました。暑い夏を前に、池を探す冒険に出るカエル7人きょうだいのお話「ケロケロきょうだい」と、出鱈目な歌をうたうと、もんもんびゃっこ、しっかかもっかか、おたからまんちんのいる世界にワープしてしまう「めっきらもっきら どおんどん」です。どちらも、代表的な物語の特徴を踏まえており、こどもたちの心は、スーッと吸い込まれてしまうのでした。

人がどこからやってきて、どこへ行くのか、という人生のグレートクエッションは、それが永遠にわからない謎であるからこそ、人間の探究心をかき立ててやまないものです。いにしえの伝説にしても神話にしても、そして現代の絵本の物語にしても、底流にあるのはそうした謎をめぐる人生の何か、なのです。それを子どもたちは、子どもや動物の主人公になりきって、襲ってくる敵や妖怪や魔物との遭遇という形で、人生の暗喩を味わっているのです。

といった話は、こちらの醍醐味であって、子どもは単純にお話を楽しんでいます。でもその距離は大人が思っている以上に「近い」という感触をいつも感じるのは、面白い実践の味です。

三匹のやぎのがらがらどん

2021/06/09

水曜日の夕方は、園長の絵本タイム。今日9日はあの「三匹のやぎのがらがらどん」にしました。シンプルな内容ですが、3番目のがらがらどんがトロルを「こっぱみじんに」やってつけるという、あっけらかんとした強さを見事に描いた絵本です。用意していたのは、別の絵本だったのですが、午睡の頃から子どもたちの一緒に過ごしていて気が変わりました。もっと勇気づけられるような、シンプルなものがいいんじゃないかという直感からの変更です。

松岡享子さんは「単純明快な始まり、3度のくりかえし、クライマックス、大円団と、まるで図式通りと言ってよいほど、よく形の整ったノルウェーの昔話。話に一切無駄がなく、トロルとヤギの出会いは一回毎にサスペンスがあり、対決は勇壮・・」(『えほんのせかい こどものせかい』(文春文庫)と述べています。

このようなお話は、神話や伝承物語として、世界各地にあるわけですが、記録された歴史よりも長い人類の歴史とともにあるものなのでしょう。その意味を感じたいと思いながら、読んであげました。

今回から2グループに分けて、同じ内容を2回読みました。2回とも参加した子もいて「また、あれやりたい」と、がらがらどんごっこをリクエストされて終わりました。

園長の絵本タイム

2021/06/02

毎週水曜日のおやつが終わった後、福田さんによる絵本の読み聞かせが、今はコロナでできないので、5月26日から園長による絵本タイムを始めました。今日はロバート・マックロスキーの『かもさんおとおり』とアーノルド・ローベルの『おはなしばんざい』の2冊です。

4時ごろから40分ほどかけて、プロジェクターに映し出して読んであげたのですが、集まってきたのが、わいわいさんとらんらんさんだったので、語りは「私の絵付き素話」になりました。絵本に書いてある通りに読んでは、ちょっと難しいからです。絵本は文字を読まなくても、絵だけでも内容がわかるようなものがいいのですが、それが見事になりたちました。この2冊をほとんどの3歳、4歳の子たちが飽きることなく、食い入るようにお話の世界に入り込んでいたのですから、いかに子どもというのは想像の世界を楽しむことが好きか、よーくわかりました。教育に物語が果たす役割の大きさを感じました。

子どもと遊び、子どもに学ぶ

2021/05/27

(園だより6月号 巻頭言より)

私が好きな言葉に、絵本作家かこさとし(加古里子)さんの「子どもと遊び、子どもに学ぶ」というのがあります。子どもと遊んでいると、子どもから教えられることがたくさんあります。なかでも、私が「これがオススメ」と思って選んだ絵本よりも「そうか、こっちなんだ」と、いい意味で裏切られるときがあって、そんな時は大事なことに気付かされることが結構あります。

実は昨日5月26日も、そんなことがありました。用意していた絵本は、寝る前に読んであげるのに最適な『どんなに きみがすきだか あててごらん』(サム・マクプラットニィ)だったのですが、リクエストされたのは、4月末の「こどもの日まつり」で読んであげた絵本『かえうた かえうた こいのぼり』でした。この2つの絵本は、ほのぼの系とユーモア系という、タイプが全く異なるので、比較しようがないのですが、どっちの反応が健康か?と、ちゃんと考えると、ユーモアを求める子どもの方が健全じゃないかと感じたのです。

大人は子どもに文学的な質のよさや、上品さへの感興といったものを期待しがちなのですが、これは大人の勝手な思い込みじゃないかと感じることがあります。子どもは、おばけ、怪獣、「ざんねんな生き物」など美しくないもの、どこか常識ハズレなもの、極端なものを好みます。ただ、そこには歴然と許されるものとダメなものがあって、排他的で差別的、悪趣味なものは認めるわけにはいきません。絵本『かえうた〜』は、「♪やねより高いこいのぼり〜」の歌詞を「♪いえよりでかい鯉のぼり〜」などと、虎の子ども三兄弟が替え歌にして、悪ノリしていくお話なのですが、その「おふざけ」ぶりを、それはそれとして楽しむ力があることを、子どもたちの笑顔が証明していました。

日本の絵本には、この系譜の絵本がちゃんと根付いていて、ユーモアの質が高い気がします。漫画、コミック、ゲーム、お笑い、落語、狂言・・日本文化の「笑い」は実に多様です。平安時代から<遊びをせんとや生れけむ/戯れせんとや生れけん/遊ぶ子どもの声聞けば/わが身さへこそゆるがるれ>(梁塵秘抄)と、後白河法皇も子どもの笑い声に自身を振り返っていました。

子どもが教えてくれるものは、大人の価値観との、ある種の「差」です。時々、現実を軽々と乗り越えていく生きる力をそこに感じてしまいます。私たち大人が、自分で自分たちを縛っているものにも気づかせてくれる時さえあります。本当に、子どもから学ぶことは多いものですね。

すいすいさんと物語

2021/03/24

ここのところ、年長すいすい組の話が続きますが、園生活もあと7日ですからお許しを。今日の園長のすいすいタイムは『大どろぼうホッツェンプロッツ』を読み終えました。200ページを超える小学校中学年向けのお話だけに、さすがの年長さんも、ちょっと難しい言葉や言い回しが出てくると、その都度、通じる言葉に言いかえながら読み進めました。ストーリーは簡単なのですが、プロットからプロットまでの間にある説明の面白さはまだよくわからないので、そこは、私の独り言説明が入ります。「へえ、魔法使いなんだんって。すごいな、ここの四角の中に持ち物を置いて呪文を言うと、その持ち物の人が、現れるんだって。すごいね。たとえば◯◯くんの水筒をここに置いて、魔法の言葉を言うとね、◯◯くんがどこにいたって、ここから出てくるんだよ」みたいな、私の長〜い独り言が入るわけです。

・・・ここにも発達段階の特徴と、それにあったサポートというテーマがあるのですが、それはともかく、実践的には子育ては「通じる」「わかる」「おもしろい」という状態になるにはどうするといいか、ということであり、直感的にそれができれば、しめたもの、ということでしょう。

これまで読んだ絵本でもう一回読んでほしいリクエストがあれば、それを今度は読もうか?というと、やっぱり何人かが「エルマー」を一番に挙げましたが、「長いから一回じゃ終わらないよ」とか、NUくんが『もりのへなそうる』の方がいいと、面白い箇所を話始めます。楽しいお話に目のないNくんらしい提案の仕方でした。『どこんこぶた』がいい、という子もいます。その子が選ぶ絵本には、その子らしい。いろんな絵本の中から、自分のお気に入りが決まっていくように、人生の選択が始まっているんだなあと思いました。

私の願いは、絵本や本やお話が好きになってほしいということに尽きます。物語ではなくてもいいのですが、たとえば主人公になったつもりで、いろんな体験をするようなものが、感情体験を豊かにしてくれます。擬似体験だとはいっても、子どもの頃はそれが実体験と同じくらいに没入できるので、その体験の質は実際と同じくらいに、もしかするとそれ以上に、リアルな体験になっている気がします。本の世界ほ現実よりも広くて深いのです。

保育園では、その世界を単純にたくさん楽しんできました。これからも、もっともっと、想像と物語の世界へ旅立ってほしいと願っています。

『十二支のおやこえほん』で笑う

2020/12/30

子どもに絵本を読んであげていると、その反応が面白くて「物語」というものが持っている力を実感します。11月から始めた「園長先生の絵本タイム」で取り上げた絵本は『おしいれのぼうけん』『いやいやえん』『エルマーのぼうけん』『エルマーとりゅう』『エルマーと16ぴきのりゅう』『もりのへなそうる』と続き、今年最後は『番ねずみのヤカちゃん』で終えました。

ただ28日(月)は保育納めの日だったので、この時は高畑純の『十二支のおやこえほん』を楽しみました。

 

親子の会話が漫才のように面白くて、大笑いしながら「おち」のおかしみを味わいました。来年の干支は「うし」ですが、牛の子どもが絵を描いたというので、お父さんは自分を描いてくれたと思って、白地に黒の大きな斑点のあるその絵をみて喜ぶのですが、子どもが描いたのは実は「パンダ」で、「パンダを描いたとは言えません」とった会話になっているのです。

一回読み終えると「もう一回読んで!」と大好評だったのですが、このようなユーモアやおかしみのある絵本はとてもいいと思います。子どもは本来、そういうものを好みます。決して低俗なものだと否定してほしくありません。絵本のお話も遊びと同じ快楽が色濃くあるものなのです。そこを肯定することが、生活の中の豊かさに通じます。こうして楽しい笑いで最後の保育になりました。機会があれば、ご家庭でも親子で楽しんでもらいたい絵本です。

 

物語の楽しさ・劇や童話の世界から

2020/12/18

年長のすいすい組で行っている園長による読み聞かせタイムは、今週2回実施して童話『もりのへなそうる』を読み終えました。このお話は、5歳のお兄さんと3歳の弟の兄弟による「森散策譚」なのですが、そのあどけない冒険心と拙い会話のおかしみに、子どもたちは親近感や共感、時には優越感を感じながら、気弱なりゅうの子どもの「へなそうる」に対して、徐々に強い愛着を形成していきました。「かに」を怖がる優しい「へなそうる」に優しい気持ちを寄せていく、すいすいの子どもたちでした。

来週はいよいよクリスマスの週になります。アドベントカレンダーも後数日になってきて、幼児はクラスの装飾も華やかになってきました。また少しでもクリスマス気分を盛り上げようと、一昨日から、ベランダのある神田川側にクリスマスツリーの形をした電飾を用意し始めましたが、本日ほぼ完成しました。

お楽しみ上映会も4日目になり、運営も慣れてきたところで、私がミスをしでかしてしまいました。上映プログラムを間違えてしまいました。今日は昨日とは異なり、幼児のわいらんすいを最初に上映しなければならなかったのに、昨日と同じ流れでやってしまいました。後半に参観を予定していた方には大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした。

参観されたご家族からの感想を読ませていただくと、皆さんとの思いが一致していることに喜びを感じます。お便り帳などに感想をお寄せいただけると嬉しいです。ぜひよろしくお願いします。

 

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