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2022年 10月

オオタヴィン監督の「いただきます2」をみる

2022/10/16

この映画も早く観たいと思いながら、今日16日(日)やっと実現しました。場所は東京・練馬区の江古田駅近く。この映画も親御さんや保育関係者に広く観てもらいたい。

監督は「夢みる小学校」のオオタヴィン監督です。当園が行う自主上映会での有力候補「ベスト5」入り確実です。保育園でやりたい!と思う内容です。保育園や幼稚園の先生、栄養士さんたちの養成校の学生さんたちにも、ぜひみてもらいたい。トレーラー(予告編)だけでものぞいてみてください。

それから、ふと思った程度なので、どうかわかりませんが、幼児教育と小学校教育の連携は、このような取り組みを地域まるごとやっていく中に、子ども同士の交流もカリキュラム作りも先生の話し合いも、全部入り込んでくるような気がします。言い方に語弊があるといけませんが、橋をかけなければならない川や谷や溝があるのなら、そこをいっそのこと地続きにしましょう。その実践を教材化するとよいでしょう。

例えば、私たちのような就学前なら、この映画に出てくるような体験が色々できます。小学生も生活科、理科、社会、国語、算数、どの教科からも、それぞれの「見方・考え方」による教材化ができます。総合的な学習の時間にはもってこいでしょう。微生物の働きは大学研究でも色々な研究があるでしょうし、SDGSの世界的な諸問題の解決に結びつくものにもなります。実際のところ、本当に世界の大問題ですから。「こどもかいぎ」のテーマにもなりますし、地域でも取り組みたいです。

具体的には保育園の給食の中身や食育活動を、毎日の食事として変えてみる。当園の給食は9月から、砂糖、塩、しょうゆ、味噌などの調味料は全部、自然栽培の物に取り替えました。当園のアドバイザーは自然栽培全国普及協会です。

毎日口にするものから、徐々に変えていくつもりですが、当園のような都市部で自然栽培の食材を給食に取り入れていくためには、あるいは小中学校の給食をこのようなものに変えていくには、経費がかかります。この前、千代田区の樋口区長と立ち話をしたら、保育園の給食一食当たりの単価コストをご存知でした。そこも課題であるという認識をお持ちでした。

ただ、韓国のソウル市が、給食を全て有機肥料にするというのが、話題になってますが、オーガニックならいいというのは大きな間違いで、有機肥料も千差万別。どんな有機かが問題です、特に日本は。結構、タブーも多い。

一方、農薬はもちろん、化学だろうと有機だろうと肥料も使わない良質な自然栽培は、カギが「土」です。それと微生物。そこに辿り着くには、農家はものすごい苦労をして、困難を乗り越えないといけないので、私たちが強力に応援することが不可欠です。映画でも、そのことが描かれていました。

そのためにもコストはかかっても、子どもたちの「給食」の質を上げていく。それを国民を守るための国策として位置付けてもらいたい。まずは、この映画、千代田区の方や議員さんにもみてもらうことにします。

今日の自主映画会を主催した方々といろんな話をしてきました。当園の近くにある食事のお店を紹介してもらったので、忙しい保護者の方のために、そこで夕食用のお弁当を作ってもらえないか、相談してみたいと思います。

 

 

選択・参画・対話のある生活

2022/10/15

セキセイインコの名前が決まったようです。昨日14日は、いもほり遠足があったのですが、保育園の玄関に戻ってくるなり、KAさんが「園長先生、インコの名前決まったよ。いつもチュンチュンってないているから、チュンちゃんなの」と教えてくれました。どうも年長さんたちの間で話し合ったようです。いつどうやって話し合ったのか担任も知らなかったようで、他の子に「チュンになったの?」と聞くと、たとえばKKくんは平然と「そうだよ」と、他の子たちも納得していたそうです。そこで早速、部屋に入る前の掲示ボードに張り出されました。

何かを話し合って決めるという経験の積み重ねは、とても大事なことではないでしょうか。自分の考えや意見を持つこと、それを人に話して伝えること、他の考えや意見があることを知ること、それらを出し合って、比較してみて、どれがいいかを話し合うこと。自分の考えよりも「そっちがいい」、「それでもいい」などに変更修正できることも、大切な力のような気がします。年長さんたちの「自立性」と「協同性」の育ちが、こんな場面にも垣間見えます。

このエピソードについて、主任は「多数決で決めなかったことが嬉しい」と話していました。また「民主主義は多数決で決めることと思っている人が多いから、そうじゃない、ということを、この時期から体験していくことが大事」だとも。全く同感。いろんな意見や考えの違いがあること、自分と他者は色々と違うということが、当たり前のように前提になってもらいたい。違うのが当たり前、だから、そこから合意を得るにはどうする!?ということ。個人としての「自分らしさ」と共同空間としての「思いやり」をつなぐもの。それが選択・参画・対話のある生活づくりです。

 

毎日の生活のルーティンも、1日1日が違う姿

2022/10/15

最近、汚れ物のタオルとエプロンをしまいにいくようになった しおんくんです。

これまで、エプロンやタオルを渡してみても、すぐにポイッ。袋の近くへ行って、かわりに大人がやって見せたり、ぐんぐんのお友だちに入れてみてもらったりしても、ほかのものに興味が向いて、プイッ。…という感じだったのですが、ある日から、エプロンタオルを手渡すと、ふと自分でしまってみるようになりました。
しおんくん、できたねー!と、嬉しい瞬間でした。

何かが「できるようになる」ことが大切かというと、必ずしもそうではないと思うのですが、
(わたしたちは、『その姿』に至るまでの経験や気持ちの動きを大切にしたいと考えています。「できた」「できなかった」の結果の姿以上に、そこに至るまでのプロセスを丁寧に見ていきたいと思っています。)
しおんくんの中で何かがふと変化した瞬間だったのかな、と思いました。最近は、オムツやズボンを履かせてもらおうと、足を持ち上げて協力してくれたり、「ごはん食べよう〜」と呼ぶとトコトコやってきたり、生活の流れや、身の回りのことへの理解や関心も深まってきた頃なのかな、と思います。



「いただきます」のあいさつも、バッチリです!(早く食べたくて、中腰のしおんくん。)

おとなりのりょうくんも、もうすぐ食べ終わりそうですが、しおんくんに合わせて2回目の『いただきます』をしています。笑

こちらは、ちはるちゃん。

すいすい組のあまねちゃんが遊びにきて、オムツとズボンを履くお手伝いをしてくれていました。
ちはるちゃんは、自分で履くのも上手になってきているのですが、この日はお姉さんにやってもらって、嬉しそう。


「はるちゃん、あまねちゃんに履かせてもらってるのー?よかったねぇ」と言うと、「うん♪」と満足そうな表情を向けてくれました。


ちはるちゃんのお手伝いができて、あまねちゃんも、お姉さんらしく張り切っていましたし、あまねちゃんとの関わりを喜んでいるようなちはるちゃんの笑顔も、なんとも印象的でした。

そのあと、手を繋いでお部屋まで戻っていきました。

コンテンポラリーダンス【らんらん組】

2022/10/14

今日はダンスの日。青木さんが、「何やりたい?」と子どもたちに尋ねると、「マネキン〜」「トンネル〜」と、日々のダンスの活動で行ってきたことを楽しみにしている様子がありました。

●ステップして青木さんのところへ

●マネキン

●トンネル

●グーパー体操

子どもたちのいきいきとした表現がすてきでした。

 

グーパー体操では、手・足・顔を使って、「グー」と「パー」を表現します。子どもたちの表情いっぱいで表現した姿がとってもかわいらしかったです😊

 

ダンスによる「からだとことばの協同」

2022/10/14

ダンサーの青木尚哉さんが作ってくださった「わらべうた」は、ダンスをする人たちが輪になって「鬼さん、鬼さん、なにするの?」というと、その輪の中の一人が即興的に「これするの」と言って、「これ」を身体で表します。それを他のみんなが「真似」をして、もう一度「これするの」と繰り返します。

みんな「鬼さん、鬼さん、なにするの?」

鬼役「これするの!」

みんな「これするの!!」

この掛け合いを続けながら、体を動かし続けます。やってみるとわかるのですが、インプロビゼーションで「これ」を思いつくのは、慣れていないと難しいものです。プロのダンサーのその引き出しの多さには驚きます。この「わらべうたダンス」は、私が「鬼ごっこ」と「ダンス」を橋渡しするものを探していた時、児童文化財に「わらべうた」の可能性を発見したことがきっかけです。それを青木さんに伝えると、創作してくださったのが、このダンスです。

青木さんのダンスを見ていると、その周りの世界の全てがダンスを動かしていく要素になっていることに気づきます。例えば9月23日の秋分の日に、海老原商店で開かれた「コンテンポラリーダンス」では、尺八演奏とのコラボダンスでしたが、尺八の奏でる「音」に、身体が即興的に応答・共鳴・反発・融合・・・などしています。実に美しい。音、音色、リズム、無音の空白・・それらをどう受け取るか、そのイメージの差異を身体の動きに転換していく一瞬、一瞬がダンスになっていることがわかります。

周りの世界は、視覚からも聴覚からも、そして気配としての環境も、さらには身体自身が抱えているイメージや感覚さえも、自身のダンスのパラメントになっているかのようです。身体と環境の間の自在性。そこには豊かな相互交流が活発に行われているので、その様相を目の当たりすると、既存の同じ型のあるダンスが非常に陳腐に見えてきます。青木さんのダンスを、親子運動遊びの会でも、皆さんにご覧いただきます。

この感覚を小さいうちから子どもの身体が会得していくなら、かなり豊かな感覚が身体に宿っていくことでしょう。今日14日も青木さんと芝田いづみさんにきていただいてきました。子どもたちは、楽しみにしています。

先日11日、桜美林大学で演劇を教えている先生からこんな感想をいただきました。「すでにせいがのお子さんたちに蓄積れた身体技法に演劇の刺激で新しいからだが生まれたら最高だなと思います」。この先生も運動会(10月22日)にご招待することにしました。

【わいわい】ダンス

2022/10/14

本日の様子です!

れおなちゃんは青木さんの隣に座り、青木さんとタッチができたら、○の合図を出す係です(笑)

いろんな参加の仕方があって良いですね!

それぞれの距離感・楽しみ方で参加していました♪

トンネルあそびがみんなの一番のお気に入りのようです(笑)

今日は時間の都合で出来なかったのですが、グーパー体操やなりきり遊びなど、やりたい表現あそびがたくさんあるわいわいさん。

また来週の楽しみができたようです♪

10月14日昼食

2022/10/14

手作りふりかけごはん

大根とにんじんの味噌汁

鮭のけんちん蒸し

ひじきの煮物

オレンジ

麦茶

ケアリングとしての命名過程

2022/10/14

相手はどうしてほしいと、思っているのかな? いったい、どんな名前なら喜んでくれるかな? このまなざしがケアリングなんだと気づいたのは、平成20年ごろ。佐伯胖さんがオリヴィア・ベヴィスらの「ケアリングカリキュラム 看護教育の新しいパラダイム」(医学書院)を紹介していた頃から、つまりノディングスのケアリング理論が話題になっていったように、ずっとこのテーマの周辺を歩いてきたような気がします。

子どもたちがセキセイインコに名前をつけてあげたいという話し合いを見ていて、ちょっと口を挟みたくなったのは、子どもたち自身にも、このケアリングのまなざしをセキセイインコにむけて欲しかったからです。

この「まなざし」とは、関心を寄せる相手に入り込めば入り込むほど、その相手がいろんなことを開示してくれる、その相手から伝わってくるものに気づく、という関係になります。一般に、私たちが何かに興味をもつとか、関心を寄せるとか、知ろうとするとか、いろんな共感の仕方や深さがあると思いますが、もっとも深い接近の仕方があるとしたら、あるいは、本当に相手をリスペクトした接し方があるとしたら、それは相手がどうしたいと願っているのかへの配慮でしょう。佐伯先生は聖杯伝説にまで遡ってそれを説明されてきました。私はドラマ「僕らは奇跡でできている」を授業で使ってきました。

私たちは日常、「きっとこうだろう」という配慮を他人にしているつもりでも、本質は「自分がそうしたい」と閃いたから、ただ相手もそうじゃないかとやっているようなことが多いですね。それすらなくて、相手がどうであろうと、教える内容や学ぶべきことが、これこれだから、ちゃんと聞きなさい、みたいになってしまっている教育がなんと多いことでしょう。これは学びと大きくかけ離れたものであり、本来の学びのあり方を探求する中で見出された考え方が、ケアリングでした。

このような考え方に馴染んでくると、相手が人や動物に限らず、植物や物、あるいは「事柄」や、イメージや概念にまで広がっていきます。変な例えかもしれませんが、野菜や果物たちは、本当はそんなふうに成長したくなかったのに、消費者の好みに合わされて、あんなテカテカで甘すぎる「高級商品」にさせられてしまって可哀想。もっと野菜らしく育ってほしい。・・・そんなふうに思えてきます。そういう共感的知性(佐伯胖)を持った大人が増えないと、ケアリングによる教育や医療や農業にはならないだろうな、と思うからです。

それは自分に対してもそう。本当は何をどうしたいと思って生きているのかを探求したい。それが本来的な意味で、子どもと対等な地平に立つことになるでしょう。大人と子どもの差なんて、たかだか20年や30年の年齢差ですからね。先ほどの本を引っ張り出して開いてみたら、こんな言葉に私は線を引いていました。「学習とは、はるか将来のことも含めた『私が真の私に出会う』過程なのである」(グリーネ「教育の展望」)。ちっとも進歩できていない私です。子どもたちが考え始めたセキセイインコの名前ですが、当のセキセイインコが喜んでくれますように。そして、その名前の探求過程そのものが、子どもたちの幸せな生き方を探求する人生の大切な一部となりますように。

すいすい組

2022/10/14

セキセイインコがやってきて、子ども達の愛がいろんな形で表れています。

かのこさんは、家の図鑑で見たセキセイインコのページをコピーしてもってきました。

『先生。この子男の子だよ』

セキセイインコは、鼻の色で性別を区別するようで、そのページを指差して説明。

そうすけ君から『なんで、青いと男なの?』と質問。
この答えはわからないな。 なんでだろう。。。。



■名前を決めよう

午前中に名前決めをしましたが、決まりませんでした。園長先生から、名前をつけられた方も嬉しい名前をつけてほしいな。という話題から、自分の名前について考えると、みんな自分の名前がお気に入りであることがわかりました。 お父さん、お母さんがたくさん考えたことも、少しわかったようです。

『みんなが納得できる名前をつけたらいいんじゃないかな。』 しょうご君からの言葉で、多数決で決めるのかな?と思っていたら話し合いに発展。集中力や時間もかかり、次回へとなりました。



■おやつもっていきたい
芋掘り遠足が延期、延期、となり次回の予備日も雨予報。 秋の行楽シーズンとは思えないほど天候に恵まれず、でも子ども達からは、『雨でもいっちゃおう』と、とても楽しみに前向きな子どもたちです。 14日 天気予報ではお日様がありましたが予想が外れたのか長雨。 でも、今日は芋掘り遠足へ行きます! 悪天候続き、国策でバスの手配は予想以上に大変で、収穫時期も逃してしまうため11月開催は見送りました。

 


延期もいいものだな、と思ったことがあります。それは、子ども達の見通しをもって、楽しみにしていることです。 その楽しみから木曜日のお昼に『おやつもっていきたい』という意見が。       先生の意図もあって、話題が出た4人と話し合いの結果買いに行くことに。  4人が他の友達に説明して、みんな遊びをやめて集まりました。行き先は柏屋さん。 14時頃みんなで支度して買い物に行きました。 おまけまでもらって大喜び。

さて、水はけのいい畑で心配はしていませんが、収穫の時には雨が上がることを祈るばかりです。

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