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2020年 8月

8月18日 昼食

2020/08/18

ご飯

からあげ

しらすの梅肉あえ

さといものみそ汁

オレンジ なし

麦茶

8月18日 昼食

2020/08/18

ご飯

鶏のからあげ

しらすの梅肉あえ

さといもの味噌汁

オレンジ なし

麦茶

どうぶつたちのいるところ

2020/08/17

もう少し絵本の話を続けましょう。絵本には洋の東西を問わず決まって動物が出てきます。改めて考えてみると不思議なことですが、動物の出てこない絵本の方が珍しい。子どもは人間だと生々しくて想像の翼を広げにくいいのでしょう。動物だったら、どんなことだってできそうだし、突然、現れたり、いなくなったりしてもおかしくありません。ワニの尻尾にキャンディーを結びつけたり、ノネズミが大きな卵焼きを焼いたり、お風呂の中から動物たちがたくさん出てきて鬼ごっこを始めても、ちっともおかしくありません。どうも子どもというのは、もともとそんな世界の中に住んでいたのに、まちがえて人間の子どもの格好をしているんじゃないかしらん、と思えるほどです。

これは絵本を読んでいる時に限りません。今日17日も朝、緑の島から緑の島へ、ターザンロープにぶら下がって飛び移るという遊びを始めたので、私が「ここはジャングルだよ。青いマットはアマゾン川だから、落ちたらエンチョウワニが食べちゃうからね」と、大きな口を開けて、ガブっ〜とやっていたら、クライミングやらネットやらトランポリンやら、バイク乗りごっこやらをやっていた子どもたちが、あっという間に、列を作ってしまったのでした。いま思うに、これは「ごっこ力」のなせる技であり、地球のような「引力」じゃなくて、その代わりに「想像力」が働く「子ども星」に住む彼らは、動物たちと自然に心を通わせることができるのでしょう。きっと、そうに違いありません。ガブ〜。

 

夏☀️

2020/08/17

お盆休みが明け、久しぶりに8人全員が揃いました!

お休み中、お休みの子の名前がたくさんあがり「なにしてるのかな〜」とよく話が出ていたので、久しぶりに再会できてとっても嬉しそうでした♪

毎日暑い日が続きますが、子どもたちはたくさん水を浴びてとっても気持ち良さそうです!

嬉しそうな可愛い笑顔に思わずたくさん写真を撮ってしまう担任です..( 笑 )

8月17日 昼食

2020/08/17

夏野菜のカレーライス

冷しゃぶサラダ

オクラのすまし汁

巨峰 オレンジ

麦茶

 

「生きている絵本」を子どもに

2020/08/16

絵本の歴史を遡っていくと、明治30年代中頃に成立したと考えられる「口演童話」にまで遡ります。その代表は児童文学者の巌谷小波(いわや・さざなみ)ですが、現代に伝わる日本民話を「童話」として再生させたました。

それが私たちが絵本で知っている「桃太郎」や「浦島太郎」です。江戸時代まで語り継がれていた伝説や民話はその地方の方言ですから、その語りを標準語化したものが、明治期になって盛んに「再話」されたことになります。

その具体的な本が私の手元にあります。ずいぶん前に古本屋で手に入れた平凡社の東洋文庫シリーズ220「日本お伽集」(昭和47年初版)があるのですが、これは培風館が大正13年に発行した「標準お伽文庫」全6巻の復刻版です。巻末の解説で、瀬田貞ニが、この文庫が正式に省みられず、なんら言及されないで放置されていたことがおかしいと書いています。それだけ、「子ども向け」はまだ、社会全体が重要視していなかったのかもしれません。

日本の創作児童文学の歴史が始まります。小川未明、浜田広介、坪田譲治、酒井朝彦らの作品です。ただ、これらはあまり読み継がれていないのは、どうしてでしょうか。上笙一郎と山崎朋子の「日本の幼稚園」(1964年理論社)はこのように書いています。

「日本の創作児童文学のほうをながめると、こちらは、どちらかというと子どもから背を向けられることが多かったーーーと言わなくてはなりません。発展してくるあいだに、芸術的には高度になったけれども、それと引きかえに、おもしろさをなくしてしまい、ために、読者たる子どもたちにそむかれてしまったのです。」

まだ誰も子どもの保育をしたことがない文学作家による高尚な文芸作品になっていったのかもしれません。

その一方で、古来から語り継がれてきた民話や伝説は、子ども向けの「お伽話」になっていく過程で、富国強兵と和魂洋才によって歪んでしまいます。時代は当時の幼稚園にも影響を与えています。

この「日本の幼稚園」という本には、口演童話家が創設した2つの幼稚園が紹介されているのですが、いずれも、桃太郎主義の保育(体育主義の訓練や鍛錬が「桃太郎は泣きません」という精神主義、団体主義に陥っている保育)になっていたと書いています。

そしてその記述は、最後にこう続きます。

「第二次世界大戦ののち二十年近くたった昨今(1964年)になって、日本の児童文学の世界には、いるい・とみこの「長い長いペンギンの話」や「北極のムーシカ・ミーシカ」、それに中川李枝子の「いやいいやえん」など、すぐれた幼年童話が誕生しました。・・これらの作品は、小波以来、分裂してしまってまじわることのなかった<芸術性>と<おもしろさ>との統一の端緒を、ようやくつかんだものということができます。・・・日本の創作児童文学の<子ども忘れ>を乗り越える幼年童話が、幼稚園や保育所に深いつながりを持つ作家によって書かれはじめたのは、決して偶然なことではなかったのです」

それでは、中川李枝子さん本人は、どんな絵本を目指していたのでしょうか。彼女が実際にいいと思った絵本101冊のリストとコメントの載った本があります。「絵本と私」(福音館書店、1996年)です。「てぶくろ」に始まって「あおい目のねこ」まで。保育で実際に読んだ時の反応なども書いてあって、私たち保育者には必携書です。この101冊も「ちよだせいが文庫」に揃える予定です。

最後に夫で画家の中川宗弥さんが、絵本の条件をこう書いています。

「絵本の表現でも文章の表現でも、そこにあるものが生きているようにかかれてるのではなく、生きていなければならないのです。つくりこごとであったら、子どもは絵本の世界のなかで喜んだり、恐れたり、悲しんだり、楽しんだりすることができません。それから、きたならしく、みにくく、まずしく、あわれな、そういう絵本のなかに子どもを連れこんではならないと思います」

ちょっとわかりづらい話になってしまいましたが、現在の絵本は、子どもにとって面白く、楽しいものになっているのは間違いありません。おとぎ話ぐらいしかなかった時代に比べれば、いかに恵まれていることか。

ただ返って、多すぎる絵本の中から、子どもたちは何を読んだらいいのか、子どもたちに何を手渡したらいいのか、その選択に悩む時代になったと言うことです。福音館書店のサイトには絵本の選び方が載っています。

https://www.fukuinkan.co.jp/pdf/ataekata.pdf

絵本はその世界に一緒にいるだけ

2020/08/15

今週は子どもと一緒に絵本を楽しんだ時間が多かった気がします。「これよんで」と持ってくるので、「どれどれ」と読み始めるだけ。お気に入りの絵本を私とわかり合いたいという気持ちでいるので、要するに絵本で一緒に遊ぼう、と誘われているのです。

その時はぐんぐんの子でした。読んであげていたら、お話の内容は知っているからなのか、私がまだ読み終わらないうちに、どんどん、次のページをめくりたがります。そしてお目当ての絵が出たら、指差して「これ」(ね!という気持ちなんですが)というので、私も「(そうだ)ね!」と、応えてあげます。

子どもの「お気に入り」は、絵本のお話の展開とは関係のないことが多くて、よんでいると「こっちはライオンいないんだよ」と教えてくれます。ピンク色のウサギが3羽出てくる絵本では、指を器用に広げて、三箇所を同時に指します。手が小さいので、やっとのことで指先が届くのですが、それをしないと気が済まないようです。

「こどものとも」創刊の編集者である福音館書店の松居直さんが雑誌「東京人」(2001年NO168)で、あの「おふろだいすき」の松岡享子さんと対談していて、絵と文のバランスについて語っています。絵本に向いている文とそうでない文があるというのです。

「原稿を読み終わったときに、私の中に絵本ができていたんです。あっ、絵本なる! 子どもが喜ぶと実感して、大村百合子さんのところに、絵を描いてくださいって、飛んで行きました」。どの絵本だと思いますか。最初は「たまご」という題だったそうです。そう、あの「ぐりとぐら」です。

1963年に出版されたこの大ロングセラー絵本「ぐりとぐら」は、日本では親子2代、あるいは3代に渡って親しまれているかもしれません。作者の中川李枝子さんは保母さんだったので、その前年のデビュー作「いやいやえん」は保育園で働きながら書いたそうで、同名の絵本には「ちゅーりっぷほいくえん」「くまのこぐちゃん」など7篇が収録されています。

挿絵はずっとペアで作り上げてきている、実の妹の大村百合子さん(のち結婚後は山脇百合子)です。今では、子どもをものおきに、忘れた約束を思い出しにいかせたりはできませんが、子どもの心の動きが生き生きと描かれていいます。

ちなみに「くじらとり」はスタジオジブリがアニメにしており、三鷹の森ジブリ美術館の上映作品リストに入っています。私はこちらの童話の方が、子どもの想像力=イマジネーション力がよく描かれていて大好きです。

教室にどんどん水が入ってきて、船が浮かび、出航する光景は子どもが想像している世界を、そのまま映像にしたような作品になっていて、大人が見ても心動かされました。その16分のアニメを見たとき、宮崎駿が子どもの「想像世界」を、さらに動くファンタジーに仕立てたいと思う気持ちがよくわかりました。

そういえば昨日14日、となりのトトロがテレビで放映されていましたが、「さんぽ」などの歌詞も中川さんです。

 

(今日は戦争ものの絵本について書こうかと思いましたが、それはまた別の機会しましょう。ただ戦争中は、戦意高揚の絵本がいろいろ出回ったのですが、その挿絵を拒否した画家の女性たちがいたことに触れておきたいと思います)

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