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見守る保育(保育アーカイブ)

自立に向かう援助とは何か?

2025/09/02

自立に向けてどう援助するのか?保育の核にこれがあります。大人がやってあげるわけでも、子どもにやらせるわけでもなく、子どもが自らやっていくこと。この違いの理解が保育の出発点になります。

この違いを確認したくて、保育ボランティアの高校生にも、昨日から来ている大学の実習生にも、同じテーマについて語りました。もちろん話し方はちがうのですが、趣旨は同じです。

私たちは子どものためと思って一生懸命になればなるほど、つい「やってあげたり」「やらせたり」することに傾きがちです。そんなことを思っていたら、まったく偶然ですが、主任が全職員に、次のような文章を投げかけました。

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理事長の藤森先生が話されていたエピソードを思い返す機会がありました。改めて先生方と共有し、私たちが大切にしたい保育の視点としてお伝えします。

「やってあげるから見守る育児へ」という本にも書かれていますが、保育者は子どものために良かれと思って“やってあげる”ことがあります。それ自体は大切な行為ですが、一方で、子ども自身が自ら気づき、考え、行動する経験は、自立への重要なステップです。

少子化により大人の目が届きやすくなっている今、「丁寧さ」が「大人が先回りしてやってあげること」にすり替わってしまうことが少なくありません。

<具体的な保育場面の例順番の場面>並んでいるときに、ある子が順番を抜かしてしまったとします。保育者はつい「順番抜かさないでね」と声をかけがちですが、よく見ると、抜かされた子は特に気にしていなかったり、「別に入ってもいいや」と思っていることがあります。子ども自身が嫌だと感じたなら、そのときに「やめて」と自分で伝えることが大切ではないか。もちろん、うまく伝えられずに泣き出してしまったときには、そこで初めて保育者が援助する。この“待つ姿勢”について1つの選択肢に入れるのはどうでしょうか。

<集まりの場面>朝の会や集まりのときに、先生が話している中で、友達同士で話をしている子がいて「聞きづらい」と感じる子がいるかもしれない場面で、私たちはつい「静かにしようか」「お友達が聞こえないよ」と言ってしまいがちです。しかし、本当に聞きづらいと感じているのは誰か? それは聞いている子どもたち自身です。その子たちが「聞こえないよ」と自分で友達に言えることが大切であり、保育者が「お話が聞こえないと思ったら、そうやってお友達に伝えていいんだよ」と声をかけることで、子どもが自分の意思を伝える機会が経験できるのではないでしょうか。

このように、大人がすぐに介入することが「親切」や「丁寧」ではない場面もあるのです。あえて関わらない、あえて見守るという選択が、子ども同士の関係を豊かに育てる土壌となります。

今日の保育を振り返る中で、このような場面に出会った方もいるかもしれません。ぜひ、日々の実践のヒントとして心に留めてみてください。

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このような視点を大切にしています。ご家庭でもこれを大切にしてみませんか?

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