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2022年 11月

自己表現にさしかかる頃の「みないで!」

2022/11/10

安易に口を挟まない方がいいと思うことがあります。その子がどんなふうにしたいか工夫したりしているときはなおさらです。例えば、絵を描いているときに、近寄っていくと「みないで!」と言われる時があります。私なんかは、特に評価のまなざしを向けないように意識しているつもりなのですが、それでも、そんなリアクションをもらうときがあります。そういうとき、子どもは、いま自分のやっていること、表わそうとしているものは、まだ満足いくものではなくて、「どうしたらいいのか試行錯誤中だから、私のことそっとしておいて」と言われているように感じます。途中経過への寸評はまっピラごめんよ!というわけです。

この心の動きは、自分が働きかけて変化したその外界と、その結果を自分がそれを受け止めているときに感じている違和感の表明でもありそうです。こうやって子どもは自分との対話を繰り返しながら、自分がやりたいことがどんなことなのか、本当になってほしい変化は何なのかを見つけていくのでしょう。表現には、そんな反応が出てくる発達の段階があって、意図的にこうありたいという願いを伴った探究を伴っているのでしょう。表現の修飾語として「自己」を頭につけた「表現」、つまり「自己表現」と呼べる段階に差し掛かっているとも言えそうです。

そう考えてみれば、自分の内面にずかずかと入り込んでいくような関わりになってしまっていないか、子どもが特に意識的に何かを考えたり、作り出そうとしているときに、私たちはある意味で「真剣に」見ないであげること、も必要なんだろうと思います。いえ、そういうことをやっているんだろうと把握しておくことは必要かもしれません。どんな年齢であろうと「自分づくり」に関わることは「そっとしておく」ことも大事なのでしょう。青年期で、もし表現に関わる仕事を目指している場合なども、自己表現の質が「問われていく仕事」を目指す場合は、丹念で注意深い関わり方が必要になるのかもしれません。

11月20日 映画「夢みる小学校」上映会in千代田せいが保育園

2022/11/10

オオダヴィン監督の三作目の映画「夢みる小学校」を11月20日、当園の2階で上映します。

日時:11月20日(日)①10:00〜 ②13:30〜 (95分+監督解説動画15分)

受付:20分前から 子ども連れ歓迎 (定員各回30名)

会場:千代田せいが保育園(千代田区神田岩本町15-7)

会費:当日払いのみ:大人1000円 25歳以下無料

申込:予約必要 https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeKUZ2BtLwZL8vQxfpF6NgGM36Xf59C1sPsYcZ2FS4ayjLEYQ/viewform

なお、お子さんの遊び相手など、お手伝いができる方も募集中です。

またフライヤー(保育園にあります)の配布ができる方は、PRのお手伝いも大歓迎。

 

育ちに気付く 発達の姿

2022/11/10

泣いているお友達がいて、「どうしたの?」と駆け寄り、(お当番一人でやるの嫌)理由がわかると「そしたら一緒にやってあげようか。」と提案する姿。

自分のお当番の日ではないけども、「先生。今日は○○がお休みでいるからお当番変わりにやるよ」といって、エプロンを取りに行く姿。

「今日は○○が掃除当番やらないって、だから代わりにやってあげるよ」とお掃除当番に来る姿。

「昨日、また遊ぼうと約束していたから1階にお手伝いに行かないといけないから、いい?待っているんだよ」と乳児の言葉に耳を傾ける姿。

「もう少し、こうやるといいんだよ」とエサのあげ方、関わり方のアドバイス、やらせてあげようとする姿。

「あ。私書けるよ。書いてあげようか。」(自分でやる)「そうわかった。あ、すごい上手!!!」と手伝っているようで寄り添っている優しさ。

「みんな。今はさ、○○をするときだから、もうはじまるよ」とリーダーシップ。


小学校がイメージしてくるすいすい組。 幼児期までに育ってほしい10の姿。 これが育まれていることを感じる姿がよくよくみえてくる最近のすいすい組です。

11月10日昼食

2022/11/10

パン

グラタン

オニオンサラダ

白菜のスープ

キウイ

麦茶

お散歩のようす

2022/11/09

今日も暖かい日差しがうれしい一日でしたね。
ちっちさんは、2グループに分かれてお散歩へいきました。高月齢のちはるちゃんとすいちゃんは、ぐんぐんさんたちと佐久間公園へ。月齢の小さいお友だちは和泉公園へいってきました。
発達や成長に合わせて、お散歩先もそれぞれです。

和泉公園では、わらす組のお友だちが遊んでいて、さっそくちっちさんのもとに駆け寄ってきてくれました。

わいわい組のれおなちゃん。「れあちゃん、先生がいいって〜」と、れあちゃんの気持ちを想像しながらそっと一緒に歩いてくれていました。

すいすい組のあまねちゃんは、ちっちさんのお手伝いが大好きで、いつも来てくれるお姉さんです。

わいわいのひまりちゃんは、「なんかこの子かわいい。」と、普段なかなか一緒に過ごすことのないちっちさんと触れ合って、感じるものがあったようです。そして、ちっちさんの姿を少し眺めているうち、自分が赤ちゃんだったときのこともいろいろ思い出したようで、「ひまちゃん、ちっちゃいとき保育園の赤いバギーに乗ってたんだよ。」と、いろいろお話してくれました。



広い芝生の上で過ごしていると、気持ちものびのび。わらすさんにもたくさん遊んでもらってよかったね♪

りょうくんやゆたかくんも、ハイハイで動き回っていました☀︎

個人と集団をつなぐ3つの活動

2022/11/09

昨日と今日と、午後の時間に午睡をしない子どもたちと「エルマーのぼうけん」三部作目「エルマーと16ぴきのりゅう」を読んでいました。この活動一つの中に、いかに豊かなものが含まれているか、それこそ説明し出すと、キリがないくらいです。

私の園の保育目標は「自分らしく 意欲的で 思いやりのある子ども」です。学校をつくりたいと思って教育学の本を整理していると、大抵は3つの要素を大切にしてきたことがわかります。保育界でも昔から「個と集団」の関係は議論されてきたものです。

自分らしさ、と他者のその子らしさをお互いに承認し合う生活とは、どうしたら両立するのかを考えてきたのですが、当園の実践から抽出すると、それは「選択」することと「参画」することがつながっています。そしてその間に大切な「対話」があります。そういう並びが循環しているように見えます。選択、対話、参画です。参画するために、異なる意見や考えが生じたときに、子ども同士の対話が生かされていくのです。

これを含む活動は、プロジェクト的なものになります。目標志向型の生活には、そうした対話が生じやすい。協働的になります。ただ、それぞれに、何かはみ出てくるものがあって、そこに大切なものが含まれていく「スッキリ整理できないもの」も大事です。

私の園では、みんなで作り上げる遊びを通じた生活がベースにあって、だんだん、年中さんや年長さんぐらいになってくると、生活と遊びに中に課題発見や課題解決、知的な探究も含めて、何かを作り上げていく活動などが増えていきます。つくるものは、物でもコトでもあります。

エルマーのぼうけんが年長組の劇になって行ったとき、それも同じような要素が巻き込まれていく渦のように、いろんな学びが発生していきました。年長組は「お泊まり会をもう一度」と願っています。こういうテーマなども、課題解決型でもありながら、何かを作り上げる活動になっていきます。その学びをとめないことが、小学校以降の生活と学びの「かけ橋」なのでしょう。

11月9日昼食

2022/11/09

ごはん

さけフライ

ほうれん草の胡麻和え

ゼリー

麦茶

月食で見るものと見えない科学知識

2022/11/08

皆既月食をみながら子どもが「生活の知識」を積みなさねても「科学の知識」には辿り着けそうもないな、と直感的にわかます。毎日、お月様を見ていても、満ち欠けが起きる理由さえ、自分の生活経験から導き出すことなんて、できないでしょう。それは教えてもらったから、あるいは自分で学んだから、知っている知識です。毎日の生活の経験から、太陽と地球と月の位置関係を、太陽の公転面を上から(下からでもよいが)眺める視点を持ち得て初めて、満ち欠けが発生する理由や意味を納得できるからです。日常の生活から公転面を外から眺めるようは視点を自分で見つけることなんて、できそうもありません。

皆既に限らず月食は、地球のかげが月に映っているのですが、欠け始めはその部分が影らしく暗いのに、欠ける部分が増えるほど、全体がぼんやりと明るく見えるのはどうしてでしょう。光の性質は不思議で、直進している光はものに当たると散乱し、光がそこにあるとわかるようになります。光自身は光っていないのです。映画館やプロジェクターから出ている光は、空気が透明で漂っているゴミや粒子がなければ、そこに光線があることは見えません。したがって太陽からの光線はものに当たって初めて見えてくるものなのです。

光はともかく、そもそも、太陽や地球や月や天王星が引力で引き合っているなんて、よく発見したものです。物体と物体の間には引力が引き合っていて、だから私たちも地球に引き寄せらているから立つことができています。空気も引き付けられているから気圧ができ、私たちの表面は1気圧で押されているから、内側からの圧とバランスを保っています。無重力、つまり空気も発散してしまっている真空に放り出されたら、私たちの肉体も内臓も血液も一瞬で蒸発してしまうのです。

何より、宇宙空間で物質は丸くまとまってしまうのも、引力のせいが大きくて、だから太陽も地球も月も丸いわけです。でも、その引力が発生する仕組みは今でも解明されていません。面白いことに、その引力には伝わるのに時間がかかります。時間がかからずに、パッと向こうまで伝わるのではありません。太陽と地球の距離があれば約8分もかかるらしい。つまり思考実験で、太陽を消し去ったとしても、地球は8分間は回り続けます。その後は紐が切れたけん玉のように、太陽の周りを回らずに真っ直ぐ離れて飛んでいってしまいます。

もっと不思議なことに、その重力の伝わるスピードと光の速さは、なぜか同じです。だから、地球から見えている太陽は、8分も昔の姿なのです。夕日の赤い太陽が、「あ、いま日没した」と思っても、実は8分前にすでに日没している(方向に太陽が去っている)。日の出も南中時刻も、そう。これが太陽なら8分前の姿だが、30億キロも離れている天王星ともなると、2時間40分もかかります。つまり今回の皆既月食と同時に起きた天王星食は、8時ごろに起きたが、実際には数時間前の姿なのです。

このように自然科学の知識というものは、自分で見て触って確かめることができないようなものが多い。「そう言われている」、「そう計算されている」、という形での知識です。科学の知識は正確で合理的に判断できるようなものであり、再現性があり、予想できて確かめることができる知識だと言っていいでしょう。では子どもにとって、どんな体験をしておくといいのでしょうか。

私はこれまでの経験から、生活の中に、その子なりに何かを「感じ、気づき、面白いと感じ、自分なりの理屈ができること」まででいいと思います。だから、科学的に正解と言われていることを「知っている」ことを優先するよりも、そこにたどり着けるための考える力、思考力、やりぬく力を育むものを大事にしたい。それは何かというと、感受する感性、着眼点として機能する見方や考え方、その心の動きを別の角度から見れば躍動する好奇心や探究心、ふしぎがる感覚、センス・オブ・ワンダーのようなことが、そもそもの源のようなものがあるのかもしれません。

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