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2022年 11月

11月14日昼食

2022/11/14

きのこうどん

納豆ボウル

ヨーグルト

麦茶

人はとても未熟てある。だから人は共同して生きる道を選んだ

2022/11/14

現代はとても便利になりました。文明が発展して豊かになりました。 そして、それは人との繋がりをとても見えずらく、感じなくさせました。


今、多くの日本人は、一人でも生きていけると思っている人が多いと言います。本当にそうでしょうか。


今手にしているスマホ。これを使うには、電気を作っている人がいて、通信を安定させる人がいます。食事の食材や調味料は?

現代は生活の中で見えない誰かの助けがあり、必ず関わっています。 文明が発展して、私たち人は生きるためにとても多くの人の力をかりているのですが、人は一人では生きていけないのです。

人間はとても未熟な存在です。そこで、生存のために村を形成しました。共同して生きる道を選んだのです。その選択は現代も続いているのです。

子どもと生活していると、その事がよくわかります。と言っても、塾のような生活でない、当園の生活の場だからこそ感じるのです。 一人じゃ出来ないけど、君となら出来る。その一歩がたくさんある保育園です。

 

第三者評価とカリキュラム・マネジメント

2022/11/13

この時期になると、評価機関から「第三者評価をしてほしい」という依頼が来るようになります。東京都の保育所は最低3年に一度、第三者評価を受けなければなりません。保育の内容に関するものが2分野、組織に関するものが1分野あります。最近は組織マネジメントの第三者評価を担当することが増えました。これまで50を超える保育園を評価してきました。でも受けるのを躊躇するようになりました。というのも、第三者のあり方にいろいろな疑問を抱くようになってきたからです。その理由はいろいろありますが、一つは保育の質の定義、特にカリキュラムという考え方との関係が曖昧なことと関係しそうです。

藤森統括園長は私が保育の仕事に就いた1997年ごろ、すでに「経営の強化は保育の質の向上から」と強調していました。当時、全国私立保育園連盟の経営強化委員会の委員長として「保育の質」を常に取り上げていました。その頃すでに待機児童の問題や、選ばれる保育園のための保育サービスということは言われていて、子どもの経験に直接関係する質に関しては、なかなか議論されててこなかった気がします。

例えば「カリキュラム・マネジメント」という言葉は、その頃、つまり平成10年(1998年)の幼稚園教育要領などの改訂の頃、海外の事例が紹介される形で語られるようになったと記憶しています。就学前の保育は、経験カリキュラムで、教科に分かれている小学校以降の学校は教科カリキュラムと言われています。そのカリキュラムのマネジメントを考えようと言うわけです。その後、カリキュラムの改善としてPDCAサイクルの対象になっていきます。

ところが幼稚園やこども園ではこの言葉はよく使われているのに、保育園では馴染みが薄い気がします。それ以前に、保育園ではカリキュラムという考え方そのものが馴染まない風土のようなものがあります。平成20年告示の保育所保育指針で解説書を作っているときに「保育課程」という概念を提示したのですが、今回の指針改訂ではその概念は無くなりました。そんなところにも、まだ保育をカリキュラムとしてどう考えるのか、定まっていないことと関係しているのでしょうか。

ところで保育所は児童福祉施設なので第三者評価を受ける必要があります。一年単位のPDCAサイクルが回っているかが問われていくようになるのですが、それは組織の運営に関する全般的なマネジメントなので、必ずしもカリキュラムの改善に焦点が当たっていません。保育の質の向上とは関係がない事例も、サービスの向上として評価されます。例えば保護者支援として、おむつをサブスクにして便利にしたとすると、そんなことでも経営強化になれば、立派なマネジメント向上として評価されます。

本来は自己評価があって、その上で第三者の評価を自己評価に生かす、そういう関係が好ましいと考えるのですが、その自己評価そのものが不安定なままかもしれません。子どもの体験の質をどんな形で自己評価するといいのでしょうか。その基本はおそらく、子どもの資質・能力の変容過程に影響している要素を取り出して、その要素が働く機能の「しくみ」を想定すること、そしてその「しくみ」を自己評価したいところです。

しかし、そこが難しい。経験カリキュラムの自己評価、それは個人の学びの軌跡をどう可視化するか、という課題に戻っていくからかもしれません。11月23日、東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター(Cedep)は、国際シンポジウム「子どもと大人の学びを編む:プロジェクトのなかのドキュメンテーション」を開きます。この課題の糸口を探してみます。

 

架け橋のむこう

2022/11/12

先日の「クラスブログ」に、最近の年長すいすい組の姿が断片的に紹介され、こんなことが書かれています。「小学校がイメージしてくるすいすい組。 幼児期までに育ってほしい10の姿。 これが育まれていることを感じる姿がよくよくみえてくる最近のすいすい組です。」と。

小学校がイメージしてくる、というのは、小学校へ就学すること想定すると、こんな姿を捉えてみたくなる、意識してみたくなる、そうした窓でそんな姿を切り取ってみると・・・といったことでしょうか。そうしたら、そこに「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」でいう姿が見えている、というわけでしょう。例えば、こんな姿です。

◆泣いているお友達がいて、「どうしたの?」と駆け寄り、(お当番一人でやるの嫌)理由がわかると「そしたら一緒にやってあげようか。」と提案する姿。

◆自分のお当番の日ではないけども、「先生。今日は○○がお休みでいるからお当番変わりにやるよ」といって、エプロンを取りに行く姿。

◆「今日は○○が掃除当番やらないって、だから代わりにやってあげるよ」とお掃除当番に来る姿。

◆「昨日、また遊ぼうと約束していたから1階にお手伝いに行かないといけないから、いい? (その子が)待っているんだよ」と乳児の言葉に耳を傾ける姿。

◆「もう少し、こうやるといいんだよ」とエサのあげ方、関わり方のアドバイス、やらせてあげようとする姿。

◆「あ。私書けるよ。書いてあげようか。」(自分でやる)「そうわかった。あ、すごい上手!!!」と手伝っているようで寄り添っている優しさ。

◆「みんな。今はさ、○○をするときだから、もうはじまるよ」とリーダーシップ。

こんな姿が「子ども同士のかかわり」の中だからこそ出てくるものなのでしょう。さて、そうした関係の継続も小学校以降の生活と学びにどのようにつながっていくか、担任は気になっているようです。「架け橋」の向こう側でも、そうした人的環境を構築していってもらいたいと、担任は考えています。

子ども同士のかかわりーその意味と役割をもっともっと

2022/11/11

姉妹園の新宿せいが子ども園(藤森平司園長、東京・高田馬場)のところには、いろいろな人がきます。最近は小池都知事がやってきて、これからの子育て支援で必要なことを視察しました。映画「こどもかいぎ」の豪田トモ監督もきて、子どもが育つ環境の質について語り合いました。多くの人が子ども未来や子育てのあり方を考えています。藤森統括園長や私が常々思うことの一つは、子どもの「子ども集団」の中での経験です。進化心理学者のスティーブン・ピンカーは、1998年5月に、「子ども同士のかかわり」「仲間集団の重要性」を指摘したジュディリス・リッチ・ハリスの書『The Nurture Assumption』(邦訳は『子育ての大誤算』)(早川書房)に次のような序文を寄せています。

「この驚くべき一冊をはじめに読めたことは、心理学者たる私のキャリアの中でも至上の体験の一つとなった。学術的であり、革新的でもあり、洞察に満ちた、また驚くほど明確で既知に富むこのような本には、なかなか出会えるものではない。ただ、あまりのおもしろさに誤解しないでもらいたい。本書は真面目でかつ伝統にとらわれない科学の本である。おそらく心理学史に転機をもたらした一冊として名を残すことになるだろう。」

このハリスの議論は「藤森保育道」(学、ではなく道、と私たち仲間は呼んでいるのですが)に大きな示唆を与え続けてきました。というよりも、藤森先生が独自につくりあげてきた保育が、偶然あとでハリスの議論と出会うのです。ハリスの議論は発表された当時、異端扱いされたエピソードが伝わっていますが、私たちの印象では、学術的な世界の中のことはわかりませんが、保育園の生活の中で起きていることととても親和性が高いのです。子どもが独自に作り出す集団のダイナミズムは、大人が枠をはめた子ども同士ではありません。

このハリスが提示したことは、親子関係や子どもと保育者の関係、子どもと研究者の関係など、主に二者関係で見えてくる子どもの姿は、集団の中での子どもの姿は異なる、という事実から根本的に考え直してみることを、促します。書きぶりが刺激的なので、ピンカーも「その論点ははじめこそ直感に反するような印象を与えるが、読み進むうちに実生活では出会うこともないような従順なヒトもどき(ニューマノイド)ではない子どもと親の実像が明確になっていく。その他にも、児童発達研究で頻繁に登場する方法論を痛烈に批判し、なぜ学校が機能しないのかという問題も斬新な観点から分析する・・・」と書いています。きっとそうだろうな、と思えることが多いのです。機会があれば、ぜひお読みください。

この意外性は、核家族化や虐待、育児休業の延長の影響、3歳児神話を支えている発達観などを考えるときに、私たちが意識せずに信じている考え方が「違うかも?」と気づく意外性と重なってきます。子どもと家族を取り巻く環境の影響を再考するとき、どうしても「子ども同士」「子ども集団」の中で起きていることを捉え直すことが必要だと思えるのです。

 

クラスをこえて

2022/11/11

和泉公園で、すいすいさんにしゃぼん玉をふいてもらって、うれしそうなさゆきちゃん。

ゆうかちゃんも加わって楽しそうです。



お昼は、すいすい組のお友だちが食べにきました。

みんなで一緒にお昼。すてきな光景ですね。

11月11日昼食

2022/11/11

ご飯

鯖の竜田揚げ

わかめの酢の物

切り干し大根の味噌汁

バナナ

千代田区のほけんだより11月号

2022/11/11

千代田区から「ほけんだより」11月号が届きました。

ほけんだより2022年11月号(PDF版)

●新型コロナウイルスの感染症ですが、一時のピークから落ち着いたものの
現在でも区内の園児・職員さんの感染が続いているそうです。

保育園では今後も引き続き、手洗い・換気などの感染症対策を続けます。
●保育施設での感染性胃腸炎が聞かれ始めました。

●季節が変わりはじめ、保護者の皆さんもお疲れが出る時期です。
睡眠時間をしっかりとって、どうぞお体にお気をつけください。

 

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