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2021年 5月

ケアリングが見守る保育

2021/05/21

先生たちが「子どもの関わり方」を大事に見守っている様子に、私はとても安心します。子どもが対象をケアしていることを、大人がケアしているという関係が「見守る」ことの本質だからです。ここでいうケアとは、子どもが熱中して対象と「やりとり」が生じるような環境を用意してあげることも含まれます。その様子の報告がブログで続いています。

例えば、にこにこ(2歳児クラス)の子が、ぐんぐん(1歳児クラス)のおともだちの靴をはかせてあげている姿と、それを温かく見守っている先生の眼差し。そのかかわりに注目してブログに取り上げたいほど、先生がその育ちや「やりとり」に「善さ」を見出し、またその「やりとり」の中に自然な「思い遣り」の姿を描いています。

ここでいう「自然さ」というのは、協力することの自然さです。報酬系とは無縁な脳の働きが生じています。これは強い。褒められたり、励まされてやっていることではありません。承認欲求からの行動ではないのです。「大人の出る幕はありません」という言葉が、見守れていることを意味します。

そうなんです。私は研修会で見守る保育の説明を求められた時、大人が見守るのが大事なのではなく、見守れるように子どもが育つことが大事なんです、という話から入ります。そうなるためには3つの条件が必要ですよ、と。一つが子どもの主体性を尊重すること。二つ目が意欲的にかかわることができる選択できる環境を用意すること。そして三つ目が、子ども同士のやりとりが生じるような場を用意すること。この3つです。

これが「環境を通した保育」という意味なんですが、多くの保育園との違いは、大人が、いちいち褒めたり、子どもがことさら「みてみて」と承認欲求を求めてきません。子どもに自信が育ち、大人にかまってもらう必要性が減っているのです。子どもは困った時は先生が助けてくれるという「信頼」を持っています。先生の方も、子ども同士の世界に過度に介入しません。

わいらんすいの子どもたちが「生き物」に、こんなにも心奪われている様子が、数枚の写真に表れています。カブトムシの幼虫が土(腐葉土)に、モソモソと潜りこんでいく様子を、じっと見つめている表情。ここにはカブトムシへの愛すら感じますよね。

さらに私が感動し、微笑ましく思ったのは、ずらりと並んで虫に見入っている「佐久間橋児童遊園の背中」の写真です。これはすごく面白い。写真コンクールに応募したくなるような一枚です。副タイトルは「都会の自然、子どもたちが見つめているもの」です。こんなところに、子どもたちが熱中するものがある、という子どもの目線を大切にしてあげたい。この背中の先に何があるんだろうと、関心を持ってあげる大人でありたい。そこが大人が持ちたい子どもへの眼差しであり、心配りとしてのケアリング(思い遣り)になります。

 

5月21日 昼食

2021/05/21

ご飯

さけのちゃんちゃん焼き

ほうれん草のすまし汁

いちご

麦茶

モゾモゾ

2021/05/21

生き物観察が広がっています!

幼虫は手で触ると、病気にかかって死んでしまうことから、触りたい欲求と死なせたくない思いとの狭間にいる子ども達です。その気持ちをどうやって消化していくのか、子どもと向き合う毎日です。

さて、どうしても様子を見たいとのことで出してあげた時に、地上から地中へと入っていくと様子を観察しましたが、この動きと幼虫が見えなくなる、土の動きがなくなっていくことに夢中になっています。この夢中については、園長のブログでも紹介されていますが大人はどう見ているのでしょうか。 普通の事を大人の私達は『当たり前でしょ』と子どもの夢中度にどのくらいのテンションで関わっているのか。いやいや、テンションという表現の段階で子どもと心を交わせているのてしょうか。 愛情はご褒美や誉められると言ったことではなく、今子どもと一緒に感じている事から伝わっていくと思うのです。この関わりが今の子ども達には大きな子ほど必要と思います! 

昨日は、アリの巣ハウスのアリを捕まえに行きましたが上手く行きませんでした。すると、たかはしはると君は『給食のおやつの余りをエサにして集めたら』 こたけそうま君が『お菓子みんな好きでしょ?それを、少し分けて保育園に持ってきたら』と、提案。 お菓子を、持ってくるのはアレルギーや小さな子もいるからあれだけど、自分達の食べ物を分け与えようとする心から、生まれてくる考えは生き物への愛情とみれます。 夢中度、大切ですね!

しー。。。

2021/05/21

ごっこゾーンを覗いてみると、たくさんのおもちゃが出ていて床にも落ちていました。子ども達はそれらのおもちゃをそのままにしてみんなですみに集まってお話ししていました。

そこで、『あれ??何しているのかな??』と入っていくと『しーーーー』と子ども達。 どうやらお友達が寝ている(ごっこ)最中だから怒られてしましまいました。(子ども達のごっこの世界観!)

保『あっ。寝ているね。ちょっとたくさん落ちていて踏んだら危ないと思ったんだよ。ここの片付けておくね。』と小声で伝えると、うなずき返す子ども達。 静かに先生が集めていると、その中の子どもも静かに片付け。。。

寝る前は、ゆったり、リラックス!!!静かさも大切ですね。そこには、『寝るよーー』なんていう促しはなく自然と眠りの世界へ子ども自身が動いていく。自立であり、それは眠りだけでなくあらゆる行動や、行為にも繋がっており子どももわかっているのでしょう。

 

何かになりきって遊ぶ

2021/05/20

子どもが本気で遊んでいるとき、ある種の共通した特徴を感じます。その方向へ深まっていくものです。それは「何かになりきってみる」という傾向です。その「なりきり」が徹底されていく中に、子どもは面白さを強く感じるようです。しかも、相手とのやり取りが必要で、働きかけると、その反応が戻ってくるという、相互性が豊かな方が盛り上がります。

しかも、子どもの編み出す表象の豊かさはものすごい物があります。子どもと本当に真剣に遊んだことがある方なら、かかわり方次第で、楽しさや豊かさがどんどん湧き出てくることをご存知だと思います。子どもの心が解放された時の精神の躍動感は、圧倒的ですよね。

「園長ライオン」「フラミンゴごっこ」「鳥のブランコ」などの幼児との遊びは、動物になってみる、という「ごっこ遊び」なのですが、こんなにも楽しそうに、嬉しそうにしている姿を目の当たりにすると、この欲求の強さは一体なんだんだろうと考えてしまいます。乳児も同じです。盛んにごっこ遊びを楽しんでいます。

保育学の構造に分け入っていくと、その根底には哲学があります。昔、村井実さんの自宅で「善さ」について話を伺ったとき、ソクラテスやプラトンにはじまって西田哲学まで、何がよいことなのかを徹底的に分析してたどり着いたものですという話を聞きました。私はシュタイナー思想に染まっている、神秘主義一辺倒の若かりし時代だったので、観念主義哲学をいくらこねくり回しても存在学にはならないのに、と不遜にも「ふーん」と聞いていました。

しかし、実際に保育という仕事をする立場になると、村井さんが提唱した「善さの構造」の意味深さがよくわかるようになってきました。その村井哲学の継承者である佐伯胖さんが紹介する認知科学に基づく保育観がまた、子どもの見方を刷新してくれます。そうやって見えてくる子どもの姿や保育の形は、新しい保育のビジョンを生み出してくれます。そこに保育学の深いところにある価値創造としての保育の営みに「触れる」面白さを感じています。

子どもの中にある助け合いの関係

2021/05/20



柳森神社で一緒になった、ぐんぐんとにこにこ組。
…と、ぐんぐん組のりょうちゃんの靴が片方脱げてしまいます。すると、それに気がついたにこにこ組のゆうちゃんが、
誰に言われるでもなく、何を言うでもなく、すぐにかがみこんで、靴を履かせてあげようと奮闘していました。


りょうちゃんも、ゆうちゃんに履かせてもらおうと、素直に足を靴へ入れようとしています。

子ども同士で助け合える姿に、もう、大人の出る幕はありません…!すばらしいですね。

・・・私たちから見るとそう思ってしまいますが、子どもからしたら「脱げちゃったから履かせてあげる」という当たり前のことなのかもしれません。
このときのゆうちゃんには、やって”あげた”とか、褒められたいとか、そういう気持ちはまったくないのでした。
当たり前にそれができる、という姿がいちばん嬉しいことだと思います。


ゆうちゃんありがとう!と心のなかでエールを送りました。

玄関のプランターに

2021/05/20

玄関のプランターに、はつか大根と人参の種を植えました。
「種はこんな色でこんな形なんだ!」と興味関心の子どもたち。「近くで見たい人?」の声に、「はーい」とたくさんの手が挙がり、種の大きさや色、形をよく見ていました。
先生が種に優しく土をかぶせる様子を真剣なまなざしで見守る子どもたち。みんなで大切に育てていきたいと思います!

 

5月20日 昼食

2021/05/20

ハヤシライス

オニオンサラダ

キャベツスープ

バナナ

麦茶

幼虫と会いたい

2021/05/20

私の自宅はすぐ近くに小さな田んぼがあり、住宅街にある駐車場には野花が咲き、そこへ蝶々が飛んできていたり、小さな花壇にはダンゴムシがいます。 我が子もそれらに関心を寄せていますが、保育園の子ども達ほどではありません。

千代田せいが保育園に限らず、都市部で育った子ども達は自然を大切にするのではないか? そんなことを考える事が子どもの姿からよくよく感じるのです。 

昨日、にこにこ組の子がダンゴムシを登園途中でみつけ、保育園に持ってきました。わらす組のダンゴムシのお家に入れてくれました。帰りに様子を見に来たかと思うと、『持って帰りたい。』(元のところに逃がす)と言うのです。お兄ちゃんの、協力を得て持って帰りました。 わらす組では生き物の、様子を『みたい』『触れたい』という気持ちに掻き立てられている子ども達がいて、順番でみようなどその気持ちの高まりはとてもすごいです。

私の住む地域では、当たり前にある自然が都市部の子どもにとっては貴重なのかもしれません。それが自然を慈しんでいくのではないかと思うのです。 

また、逆に人間は動物で人間も自然の恵みに生かされていると考えたときに、生きるために自然との触れ合いを欲しているのかもしれません。大人もマイナスイオンなど呟きながらそこに癒しを感じているのを、子どもはもっと素直に出ているのかもしれません。 戸外遊びだけでなく、身近に自然を感じられる場所、空間は私達はわかっているけど実は重要な事としっかりと理解できていなのかもしれません。

 

さて、フラワープロジェクトもコロナの休園期間にそんな思いも持ってやった活動のひとつでした。お家の中に自然エネルギーを充電しましょう!

 

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