
ハンバーガー🍔
ほうれん草とコーンのソテー
野菜スープ
ゼリー
麦茶
2023/09/28

ハンバーガー🍔
ほうれん草とコーンのソテー
野菜スープ
ゼリー
麦茶
2023/09/27
以下は4歳児担任の振り返りです。

<今日は、和泉公園で子どもたち自らやりたいことがたくさん出来た日だった。昨日からお散歩バックをつくり、「これでいっぱいドングリ拾うんだー」と意気込んでる、Yちゃん、Rちゃんの姿があった。着くと「あそこにたくさんのドングリが落ちてるんだよねー」と二人で会話し、楽しくドングリ拾いをしていると、他園の子どもたちが集団できたが、その周辺には、ほとんどドングリが残ってなかった。二人が、「私たちがたくさん拾いすぎて、あの子一個しかもっていなかった、、、かわいそう」と具体的なその子の状況、それを客観視してかわいそうと思ったことに、思いやりの心がしっかりと育っているなと感じた瞬間だった。その後は、保育者に「先生、私たちたくさん拾いすぎたから、あの子たちにあげてきていい?」と確認して、様子を伺いながら、二人で言いにいこうと作戦会議を開き、自分たちのタイミングのいい所で関わりを持ち、ドングリをお裾分けしているところにとても成長を感じた。EQの観点からしても、感情の理解、感情の調整がしっかりと見とれたエピソードではないかと思う。>

子どもたちにとっての、どんぐり。やっぱり宝物のように魅力的なものなんですね。その後、園に戻ると、中に虫がいるのと、いないのでは水に入れるとどうなるのか?、色が変わってきた!とか実験していました。




2023/09/27

たらことワカメのおにぎり
小魚
麦茶
2023/09/27

パン
鶏のマーマレード焼き🐓🍊
コロコロサラダ
豆乳スープ
バナナ🍌
麦茶
2023/09/27

ヨーグルト
ウエハース
2023/09/27

手作りふりかけごはん
豆腐ハンバーグ
スティックきゅうり🥒
野菜の味噌汁
バナナ
麦茶
2023/09/26
「・・・というように、子どもの見ている世界を大事にしている」「・・・など、子どもの体験している意図や意味を伝えようとしている記述になっている」。これは先生たちが毎日残している記録への主任のコメントです。そいういう保育の記録がデジタル化されて、クラウドでの共有が進んでいます。

たとえば今日は、小松川公園での遊んでいる45歳児の様子や、お煎餅を買いに出かけた3歳児、久々の和泉公園で体を動かす2歳児、神田消防署へのお散歩を楽しんでいる1歳児と0歳児、それらの様子を写真とコメントが連絡アプリにあがっています。
保護者の皆さんは、可視化されている子どもの姿が手に取るようにわかると思います。それは職員間でも同じです。別のクラスでの活動を毎日共有できるので、同じ時間に他のクラスでは、こんなことをしていたんだな、ということが分かり合えます。

またそれぞれの記録について、どんな意味があるのかとか、保育の振り返りの話し合いの記録になっています。その話し合いもデジタルツールを用いているので、タイムリーに伝え合うことができます。自分の記録に他者の視点が重なり合って、子どもの姿の見え方が多面的になっていきます。その結果が明日の保育への、ひらめきにつながっていきます。
一方で、定期的に話し合うことも大事です。そのためにも普段の時間的に区切らない、いわば「日常的なカンファレンス」が、特定の時間を設けた時の話し合いにおいて、その密度を増していくことになります。「このことは、もっと先まで届きそうだね」と今日は主任と話し合いました。このような仕組みは今後、保育園や幼稚園にどんどん増えていくことでしょう。そうなると、普段から交流している園との間に、園単位を超えてつながりあうことも可能になります。それは新しい形の公開保育や合同カンファレンスと同じようなことになってくるかもしれません。
また、さらに小学校の先生にも参加してもらえば、保育を見てもらう機会にもなり、いろいろな連携や協議にも役立つでしょう。今日、主任とは「保育におけるDXはすぐそこまで来ているね」との感触で一致しました。もちろん、話し合う内容の方が大事ですけどね。
2023/09/26
【らんらん・すいすい】
久しぶりのバス遠足は、初めての場所である小松川公園に行きました🚌☀️
今日の様子はそれぞれのクラスでドキュメンテーションでお知らせしているので、写真だけ貼り付けます..!


















初めての公園だったので、遊び始める前に約束をみんなで確認したのですが、確認が終わるとすごい勢いで一斉に遊具に走り出していきました..!(笑)
とっても楽しかったようで、帰りのバスの中では「また行きた〜い!」と大満足の子どもたちでした☺️
2023/09/26
9月26日、今日はバス遠足に行く予定を変更してわいわい組だけで過ごしました。子どもたちとのMTGから、
お煎餅屋さんの柏屋まで「お買い物」をして、みんなでお煎餅を食べた後お部屋で自由に遊んですごしました。
それぞれが、自由に遊んでいる中でトラブルが・・・始まりは、りょうさんとあやかさん。
いきさつは色々で一緒に遊んでいたゲーム(フクロウほうほう)を途中でやめてホワイトボードに移ったのが嫌だったのか、ホワイトボードは2人で楽しく遊び始めていたけれども、描く内容や場所、スペースがお互いに気に入らなくて嫌になったのか、理由は様々お互いの気持ちの中であったのでしょう。 ホワイトボードでお絵描きをしている時に、書いたら消される、書いたら押されるといった無言の主張がぶつかって、泣いてしまうトラブルがありました。 友達の泣いている声を聞きつけて友達が集まってきます。
なにがあったのかをゆいと君が説明してくれました。泣いた原因は、主張している中で手にマーカーが少しついてしまった事がきっかけでした。 (そんなつもりはないのにな)という、りょうさんの気持ちが見られます。

ふみさんが、「大丈夫だよ。こっち」 とあやかちゃんを水道へと連れて行ってくれました。あやかちゃんの涙もすっと止まっています。
りょうちゃんは、そんな2人の様子を見てソワソワと気にかけていました。
りょうちゃんとあやかちゃんは、それぞれの遊びへと移っていきました。


りょうちゃんは、先生と制作遊び、あやかちゃんは積み木ゾーンへ。でも、なんだか近くにいる二人です。
大人は「仲直りして欲しいな」と思うのですが、ここはじっと待っていました。
すると、あやかちゃんがすっとやってきて「さっきは、ごめんね」と言いに来ました。先生(なにかおもうことがあったのかな) りょうちゃんはというと、黙って下を向いています。 先生から「2人ともお互いのことが好きだもんね」と話しました。
その後、クラスではそれぞれの場所で自由遊び。


昼食の時間になって、それぞれの子どもたちが2階へと降りていきました。 すると、あやかちゃんが3つのキラキラボトルをもって歩いてました。どうやら、どこに置いて置こうか迷っているようです。 すると、すかさずりょうちゃんが
「どうしたの?」と駆け寄っていきました。 (あぁ、やっぱり関わりたいんだよね。ここで気持ちが整理できたかな)

この瞬間、2人の間のわだかまりはなくなっていました。

りょう「ここに置いておこうよ」と駆け出した3人。 先生(おいおい、それは片付けではなくて、隠しているね。ちょっと・・・)という心の声は心の中だけでしました。

わいわい組だけのお食事の時間。みんなそれぞれ好きな所に座って食べました!!!

さてさて、最近お昼寝が出来たりできなかったり、テーマのわいわい組ですが、実は、とても偉くて上手なんです。 まだ、昼寝や体を休める時間は必要だからと静かに身体を休めているわいわい組です。 ちょっと、横になるのにお手伝いも必要ですが、写真のような様子です。
下の写真、寝ているようで実は寝ていないのですがね・・・・



私は自分が父親になったとき、初めて見た我が子に対して恥ずかしい話なのですが「病気とかに一切かからないでほしい」と心の底から思った事があります。いやいや、保育士をやっていて子どもは病気にかかることがあるでしょうとわかりきっているんですが、でも本当にそう思ったのです。
子どもたちを見ていて、友達関係のなかで願いとしては「トラブルなく、友達と仲良く」という事を願います。そんな風に出来たら良いなと思いながらも、なんでしょうか、今日の2人の様子だけでなくそこに関わっていない子も、何かあったことは気づいていて、あえて触れないであげているというのもまたすごいなと思うのです。
とは、いってもまだ3,4年しか生きていませんから大人が守らないといけない事もたくさんあります。しかし、今日のような姿を見ていると守るだけではなくて、子どもの力を信じながら、一緒に様々な経験を広げていきたいという思いが混みあがってくるのでした。
2023/09/24
ちょっと古い絵本だからどうかな?と思ったけど、予想以上に子どもはシーンと話に引き込まれ、深い沈黙が続いた。しみずみちを作・山本まつ子絵『はじめてのおるるばん』。22日金曜日夕方の園長の絵本タイムのことです。

出版は1972年で、当時、岩崎書店が「母と子の絵本シリーズ」と題している絵本30冊のうちの冒頭に置いた1冊。「身近なドラマ、新しいファンタジー」と銘打っているシリーズの代表作のような扱いになっている。この絵本は3歳のみほちゃんが、一人でおるすばんするお話だが、読む前に「おるすばん、したことある?」と聞くと、6人ぐらいから手があがった。

ウェキペディアには、この絵本についてこう書いてあった。「別視点からは、日本の高度成長期に伴い構造的に変化した社会背景(核家族化、生活共同体の崩壊等)が作品を通して感じ取られ、絵本においてエポックを画した作品である」と。こども家庭庁ができ、こども基本法のもとに「こどもまんなか社会」を再構築しようとしている今、この視点から絵本を見ておくことは大事な気がします。

あと数個なっていたピーマンを屋上から収穫してきて、みんなに匂いを嗅いでもらう。さくらともこ作・中村景児絵の「グリーンマントのピーマンマン」。ジェンダーによる差別には敏感なつもりなのですが、こういう話は男の子の反応がいい。バイキンをやっつける格闘シーンには、笑いが溢れた。この手のお話は、ウルトラマンやアンパンマンのように子どもたちにウケがいいのですが、我らが正義の味方が悪を懲らしめる、という、いささか「子どもだからって、こんな単純でいいのか?」と思わないではない。たぶん、子どもなりにすでに「嘘っこの世界」として割り切れる力が働いているのでしょう。

3冊目はマリー・ホール・エッツ。といえば「わたしとあそんで」が有名だと思うけど、『モーモーまきばのおきゃくさま』というのもある。他人に喜んでもらいたくてやったけど、相手は気に入ってくれなかった。そういう経験は子どもにもあるはず。誰でも大事にしていることや好みは違う。保育園の保育目標は「自分らしく、意欲的で、思いやりのある子ども」だけど、「自分らしく」は、みんな違っていい、ということ。それを確かめ合うことも大事だろう。

この絵本を読み終わった時、キョトンとして「ぜんぜん、面白くない」と不満げだった男の子もいました。「そうか、ごめんね」と私。お話が期待していたことと違ったね。それも子どもなりのダイバーシティ。いいと言われている絵本がみんなにとっていいとは、もちろん限らないからね。
私は前の園で映画「こどもかいぎ」を撮影してもらった時に、状況を変えることで引き出されてくる「思っていることや考えていること」が変わるという経験をたくさん見出しました。それは当の子どもたちもそうで、いつも一緒に遊んでいるのに「こんなに考えが違うとは思わなかった」といった趣旨のことを言った子がいたのです。それを思い出しました。

最後は、これ。ハッチンスの『せかい一わるいかいじゅう」。弟くんが生まれて周りの大人の注目が集まることに、お姉ちゃんとしてはさびしい。一番を競うのも、注目を浴びたいのも、親の愛情を獲得するのも、子どもには競争になってしまう時もあるんですよね。