
マスカットゼリー
ベジタブルせんべい
2019/09/03

マスカットゼリー
ベジタブルせんべい
2019/09/03

ご飯
筑前煮
レンコンサラダ
里芋の味噌汁
麦茶
2019/09/03
8月の誕生会の主役は、あきと君でした。

みんなで歌のプレゼント!

その後は恒例の質問ターインム!!
『好きな◯◯』 食べ物やおもちゃ
『誕生日になにもらいたい?』
『大きくなったら?』 と好きな質問をしていました。

先生からのお楽しみは、『セミの声をきいてみよう』

茶色い羽のアブラゼミ。日本ではよく見られるけど、茶色い羽のセミは世界的には珍しい!研究者が日本に来ると驚くんだよ。
八丈島にはツクツクボウシしかいない。

保育園の近くで聞こえるセミから、今度は山などで聞こえる鳴き声を聞きました!


沖縄のセミ (いわさきかずと君だ~とクラス中で盛り上がっていました。)

日本で一番小さなセミ
色や大きさ、鳴き声の違いなどそれぞれが紹介される度に子どもたちは耳を傾けたり、鳴き声にあわせて足踏みで音の表現もしていました。
夏を振り返りながら、まだセミも見られる季節ですね。子どもたちが公園へ出掛けた時にどんな風にセミを観察するのか楽しみです。
お誕生日おめでとうございます!
2019/09/03
東京2020
を見るとオリンピックが連想されます。パラリンピックの競技のCMに出てくるボッチャ。園長先生が似た物を見つけて買ってきてくださり、クラスでもオリンピック体験をしています!

2019/09/02
子どもたちの成長を感じる素敵な出来事がありました。
お友達が使っていた1つの楽器を使いたくなったゆうきくん。
「かーしーて!」
「ちょっとまって」
………
どうするのかなぁ〜
と内心ドキドキしながら見ていると、
れんくんが
「じゃあ長い針が50(ごーぜろ)になったらね!」
と時計の長針を使って交代する時間を提案していました。

普段お片付けの時間などで使っているデジタル時計でのやりとりは他の子でも見たことはありますが、
普段あまり子どもたちと使っていないこの時計を
使ってやりとりができたことに驚きとともに
“そんなことまでできるようになったんだ”と嬉しく思いました。
さぁ、時間になったらどうするのか。
そこも気になってしまってしまい、5分間2人の様子を見てみることに…。

「あ!50(ごーぜろ)になったよ!」
順番を待っていたゆうきくんが自分で時間になったことに気づくと、「ほんとだ!」とすぐにれんくんも楽器を貸していました。
見てください。
私には2人の表情がとてもキラキラしているように見えました✨

きっと、先に大人が2人の中に入って交代するタイミングを伝えてしまっていたら、この2人の素敵な笑顔は見ることはできなかっただろうなと、感じました。
今回は2人のやりとりをご紹介しましたが、日々友達との関わりの中で、子ども同士で考えて遊びや友達の輪を広げている姿がたくさん見られるようになり、子どもたちの成長を感じています。
2019/09/02
◆演奏家の対象への働きかけ方の違い

同じ素材の鉄なら鉄、馬の尻尾なら尻尾でありながら、その「振動のさせ方」次第で、小澤征爾が「うん、そうだ!」と頷いたり「ノンノン、もっと小さく小さく」と言ったりしています。「音色」の違いはそれくらい「違う」ものです。その「違い」は、演奏家の弾き方の違いですが、弾き方というのは楽器の音の「鳴らせ方」の違いですから、演奏家の「表現」です。

(彼は、クワガタにどう触ればいいか、よく知っています。私にも教えてくれます)
自分が原因となって対象を変化させています。この場合、対象とは楽器です(上の写真ではクワガタ)。ここが極めて重要です。自分の意思で、考えで、行動して外界を変化させること。これを子どもたちは強く望んでいます。言われてやるのでは、自分がやったことにならない。言われてやったのでは、自分が自分の行動を変化させる源になっていない。自分が原因になりたい。自分がやりたい。そういう欲求を根強く持っているのが子どもであり、また私たち大人もそうです。

(これと、これを混ぜると、どうなるかなぁ?)

◆子育ての秘訣とアートの本質は同じである!
なんの話かというと、実は自信をもった自立した子どもを育てるための秘訣でありながら、またアートの本質の話でもあるのです。

自分が原因となって対象が変化したことが楽しい、美しい!そんな時間を今日は屋上で過ごしました。色水を作って遊んだのです。ペットボトルに絵の具を溶いて、いくつかの色を用意します。それを思い思いに混ぜてみると、色が変わります。

「見て!桃色!」
「ねえ、これ紫だよ」
中には「何色」とは言えない微妙な色いあいになって
「ねえ、これ見て!・・・」
と変化した色合いの、その微妙な差を見比べて楽しんでいます。
「今度はこうしてみよう!」というつぶやきがいっぱい聞こえてきそうな姿でした。

このような働きかけによって生まれた混色は、子どもの創造的なプロセスを経た作品と言っていいのです。これがアートの実践です。できたものは、あっさりと捨ててしまうほどですから、とっておきたいというほどでもありません。

しかしこの営みをじっくりと味わっておくことが、色というものの不思議さを一生かけてでも探求していく人になっていくかもしれません。古来から「色」に魅せられてきたのが人間の歴史なのですから。
◆いってもやらない、意欲がないように見えるとき
子育ての秘訣も自分で決めて、自分で行動する。その自己決定の過程をきちんと保証してあげることが極めて大切です。言われてできる子は、自信が育ちません。自分が原因で外界を変化させている気になれないのです。そんな場合はこれから自分がやらなければならないことは百も承知でも、それをやる意欲が出てきません。やってもいつも言われていることをやるだけなので、もっと違うことをやりたがるようになります。まずはすぐにはやらない。怒られてでもやらない方が、それを自分が決めてそうなっているから、まだマシだと感じるのです。

そのような子どもの心理状態を「自己原因性喪失の不安」と言うことがあります。佐伯胖さんの文章を『「わかる」ことの意味』(岩波書店:1995年)から引用します。
<自己原因性喪失の不安を持たせないためには、家庭や教室で、「やらせる」とか「いわせる」とかをひかえ、子どもが「やる」、「いう」ことを自然な形で、全体の活動の中に取り込むことが必要だと思われます。さらに、子どもたちに自己決定、自己選択のチャンスを与え、自分でじっくり考えて選んだことや実行プランを追求させることが必要でしょう。
家庭の中で、母親が子どもに語りかけることばのうち、いったいどれほど多くが「○○しなさい」という強制になっていはいないかを考えてみてください。たとえ、ことばでいわなくとも、あれやこれやの手だてを講じて、親が子どもにやらせたり、いわせたりしています。このことを反省してみることからはじめなければいけないでしょう。>
一度、時間的な制約のない状況を作ってみて、子ども自身に行動プランを自分で考えて選択できるようにしてみること。そんなことを一緒に考えていきましょう。

◆理屈はそうであっても、実践は苦労の連続・・
自分が原因になって外界を変化させたいという「自己原因性」の行動。子どもが思いつく好む行為は、「戦いごっこ」です。強い自分を求めていますから、「えい、やー、とー」などと手足を振り回して、友達と取っ組み合っています。見ていると「悪者がいなくて、どっちも強い方を演じている」だけなので、実際は「役割分担のある見立て遊び」ではなく、単にレンジャーもののヒーローに自分を投影して、相手を負かす快感を楽しんでいるだけのように見えます。手加減を知らない感じで、お互いにエキサイトしてしまい、本気で叩いてしまうことがありますので、そんな時はすぐにやめさせています。

このような活動ではなく、心の衝動を意味のあるものへ昇華させていく必要があるのですが、それが「美しい」「きれい」と感じる活動です。音でも、色でも、形でも、景色でも、五感を通じて、ワンダーフルな活動を体験させてあげたいと思います。その一つが、今日の色遊びでもあります。
子ども自身に計画させてみること。これがドイツ・バイエルン州の公立保育園すべてで取り組もうとしている子どもの「参画」であり「オープン保育」であり、「小さな科学者」です。子どもの発達の原理は世界共通です。良質な保育が目指すことは同じようなアプローチになるのです。
2019/09/02
金曜日にかずと君が『かっちゃん、箱とスプーンとストロー持ってきたの』と教えてくれました。私はそのときに『そうなんだ!なにかやろうと思ったのかな』と答えました。 早番が終わり3階へ行くとかずと君は、持ってきた物を取り出して『先生テープ!』とのこと。 彼は製作を始めたのです。

出来上がると、周りから大人気のおもちゃに。『かして』『いいよ』とのやり取りからじゃんけん大会に。

彼が作ったものは ギターでした!!!

これを作りたかったんですね!!
自宅から持ってくるときに、これをやりたい→と登園した表情が明るく輝いていたのも納得☆
2019/09/02

レーズンマドレーヌ
牛乳
2019/09/02

マーボー丼
ほうれん草のナムル
春雨スープ
巨峰
麦茶
2019/09/01

9月1日は防災の日。皆さんのご家庭でも防災用品の話などを、されたかもしれませんね。我が家も食器棚の転倒防止が話題になりました。全国各地の大きな公園では防災イベントが開かれました。今日が防災の日なのは、1923年に襲った関東大震災が9月1日だったからですが、発生時間は11時58分ごろ。昼食が始まる時刻でした。

(町は秋の装いに衣替えです)
その時刻、今日は渋谷のNHKの「スタジオパーク」にいました。園からは、ちょっと遠い場所ですが、バス遠足の候補地として可能かどうかの下見を兼ねての訪問です。スタジオパークは、日曜日ということもあり、親子がたくさん遊びに来ていました。

NHKと隣接する代々木公園では、防災イベントと一緒に「第18回東京ジャズフェスティバル」が開かれており、JAZZの心地よいグルーヴなリズム感が身体を揺らします。

その時、ふと感じたことがあります。「そうか、文化はもう秋なんだ」

音楽には、その内容によって旬の時期があります。ただそれは歌詞による内容が季節感をもたらすのですが、JAZZが心地よく感じたのは、歌詞によるものではありません、そもそも歌詞はありません。明らかに季節は秋に入っているのです。

「音」には音色という言葉があるくらい、音の大小や高低では表せない奥深い表情を持っています。音色の違いは、「振動するモノ」の震え方によって変わるのですが、スタジオパークには、南部鉄の音(風鈴)、木の筒と豆(レインスティック)、鉄の音(スチールタングドラム)、皮の音(ジャンベ)、細い金属棒(カリンバ)など、いろんな珍しい楽器の「音」を楽しめるブースがあります。

単音の刻み方によって、リズムやテンポが生まれます。それだけで、私たちの身体は動き出します。音が身体を動かすのです。ですから私たちの身体は、音という環境によって表現が引き出されるのです。保育所保育指針には、この環境としての「音」に気づきにくいかもしれません。

音色には音の高低があるので、そのつながり方によって、今度はメロディができます。これが音楽の要素の二つ目です。旋律は曲想を生みます。長調なのか単調なのか、また拍と合わせて、メロディが曲の骨格を作ります。
さらに高低の違う音と音が重なり、和音を作ります。ハーモニーです。これが3つ目の要素です。こうしてみると、JAZZが持つ即興性はこの3つの要素を巧みにノリの良さを最大にする刻み方を追求する音楽と言えそうです。
夜、都立公園で「鈴虫」や「コオロギ」の採集を試みました。綺麗な音色が秋を感じるのは、私だけではありません。秋の手ぬぐいを探していた店では、鈴虫の音色を楽しめる立体ハガキが売られていました。

子どもは「音」から「音楽」を感じて欲しい。そして音楽が音の組み合わせ方で、無限の表情を持つことに出会ってほしい。自然の一部である「音」が、どこからか、文化的な表象行為である「音楽」になっていくプロセスと出合わせたい。今日は、そんなことを考える音の一日でもありました。