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2023年 10月

青虫を室内に入れてみる

2023/10/31

いつの間にか日本の秋にハロウィーンが入り込み、保育園に大鷲神社から「酉の市」の知らせが届きました。毎年、熊手を授かるのですが、長袖のシャツをまだ腕まくりして仕事をしているというのに、もう正月への準備が始まる季節だということに驚きます。

子どもたちも散歩に出かけるときは、半袖の服に薄手の上着という身軽な服装です。その度に秋らしい物を持って帰ってきます。玄関にはアゲハの幼虫がまだみかんの葉を食べていて、丸々と太ったピカピカの体が蛹になる準備に入っています。

スーパーなど果物屋には、ちょうど色々なみかんが売られていて、今日のお昼ご飯にもみかんが出ました。まだアゲハの季節が続くのでしょうか? みかんの新芽の季節はとうに過ぎたので、もうすぐ終わりでしょうが、よく分かりません。でも、お迎えの時などに一緒に観察してみてください。この週末には蛹になり、来週後半には朝、室内を蝶が舞っていることでしょう。

ハロウィン🎃

2023/10/31

Happy Halloween〜🎃🍬🍪🍭

今日の保育園は一段と盛り上がっていました〜!

かぼちゃせいごくん🎃♡

Trick or Treat 👻🍭🍩

お菓子くれないと いたずらしちゃうぞ〜!!

仮装がとっても可愛かったです..♡♡

先生よりも、先輩や友達。

2023/10/31

お手伝い保育ですいすいさんが一緒に来てくれた和泉公園。

ブランコの立ち乗りをするのぞみちゃんを見て、さらちゃん興味津々な様子。

そのかっこいい姿を真似したくて、おっかなびっくり、乗ってみます。

 

ちょっと怖いけど、1回落っこちちゃったけど、乗れるようになりました。

 

それを見たかほちゃん、興味津々。

かっこいいさらちゃんの姿を真似したくて、かほちゃんもおっかなびっくり挑戦。

乗れました!

 

やっぱり、先輩や友達への憧れや関心はすごく大きな力がありますね。

僕ら大人があーだこーだと何度も仕掛けたり見せたり、伝えたりするよりも、

先輩の背中一発の方が全然強いです。

 

思えば中学や高校生時代なども、先生なんかよりも先輩の方が何倍も怖かったし、憧れたし、

影響力がありました。

これは、どの年代でも同じかもしれませんね。

「先生、何しているの?」に答えにくいわけ

2023/10/30

ラグビーや野球の試合をみていると、人々が「競って勝つ」ということに、これだけ魅惑される事実に目を見張ります。人生をかけて燃やす情熱。それを観戦することでなりたつプロスポーツ。視聴率などで成り立つマスメディアの威力。こらだけ人々の関心を集めるのはどうしてだろうと思うと、私の場合はホイジンガやカイヨワの遊び論を思い出します。GDPに占める遊びの要素、などを分析したものがあれば面白いと思うのですが、大抵のものに遊びのエッセンスがあるので、逆にそれがないものを探すのは難しいだろう、とも思えます。

それなら遊びと最も縁遠いものはなんだろう? これは遊びじゃない!と叱られるような場面(裁判とか安保理の議論とか)をいつくか思い浮かべることができますが、それも冷静にみると、ユーモアや諧謔や皮肉などもあって、遊び的な要素を消し去ることはできない気がします。もちろん、人間が絡まない工場とかコンピュータなど世界に、それはほとんど意味をなさないのでしょうから、そう考えると、遊びは人間性に関わる重要なものということは言えそうです。

そこで子どもの遊び。ここには面白い世界が広がっています。「先生、何しているの?」とよく聞かれるのですが、「遊んでいる」とは言えないので「仕事しているんだよ」といいたいところですが、自分でも本当か?と自問自答してしまうことあります。ラグビーの選手や野球の選手に、「何しているの?」と聞く子どもはいないでしょう。「大きくなったら大谷選手のような野球選手になりたい!」というのと同じような意味で、「大きくなったら保育者になりたい」というような意味のヒーローというのはないのでしょうね。こんなに、子どもの遊びのそばにいる専門家なのに。

協力ゲーム

2023/10/30

夕方、らんらん組のまつるくん、わいわい組のふみちゃん、れなちゃん、ゆいとくん の4人は、久しぶりに出した『果樹園ゲーム』で盛り上がっていました。ドイツのボードゲームです。

順番にサイコロを振っていき、出た目の色と同じ色の果物をバスケットに収穫することができます🧺。でも、もしサイコロを振って、カラスの絵が出てしまったら、カラスを一コマ進めないといけません🐦‍⬛。
カラスがゴールして果物を食べてしまう前に、果物を全部収穫する・・・という協力ゲームです。


じゃんけんでサイコロを振る順番を決めたり、サイコロを振って「ナイス!」「よくやった!」と言い合いながら果物を収穫したり、カラスが先にゴールしてしまったときには(カラスを手で動かして)果物をつつくフリをさせてみんなで笑ったり…。

みんなでうまく果物を収穫しきったときには「やったー!」と喜び合っていました^^

勝ち負けのないゲームなので、果物の収穫に成功したとしても、カラスが果物を食べてしまったとしても、どちらの結果も面白がって、何度も繰り返し遊んでいた4人です。

ゲーム中にも和気藹々といろんなやりとりが楽しそうで、そんな様子がかわいらしかったです。

親子運動遊びを振り返って

2023/10/28

今日の「親子運動遊びの会」いかがでしたか? 普段やっている運動も、体育館という広い空間で、しかも親御さんと一緒というのはまた格別なもの。ご存じの方は「昨年はこうだったけど、今年はこうなった」という変化や育ちを感じられたことでしょう。子どもにとっても身体的な接触を伴う楽しさが、嬉しい思い出として残るといいですね。

◆子どもは「ただ走るだけ」でも、とても楽しいと感じている!

2〜3歳ぐらいになると、目の前の地面がばーっと広がると、子どもはそこへ目がけてトコトコと歩き出したり、ぐんぐんと走り出したりしましたね。安心できる親御さんのいる場所から、まるでタンポポの綿毛が風で飛び交うように、広い空間の方へ、走り出しました。広い体育館のフィールドが「こっちへおいで」と誘い、また、すでに気持ちよさそうに走り回っている子どもたちの姿も加勢していました。その時、もう運動会は始まっていましたようなものでした。

「そりゃ、楽しいよね、自分の二つの足だけで自分を好きな場所へ移動させることができるんだもの。しかもどんどん加速したり、カーブを曲がったり、自分の体を制御している自在感、ドライビング感がたまらないんだろうなあ」

私の隣で演劇を勉強されている保育士の方とその風景を見ていたのですが、私は思わず人間と動物の違いの話をしていました。火を使うこと、言葉を話すこと、そして直立二歩行すること。これは、ヨーイドンのかけっこではないでしょ。走る楽しさを味わいたいのに、競争する必要ないよね。・・・

◆「見る」だけではなく「聞く」からも「空間」を感じている

今日はドラマーの菅田典幸さんが、終始カホンを鳴らしていました。ギターの生演奏は坪井保育士。音楽が空間を作っていました。子どもはすでに音楽と動きがセットになっている「経験」をしてきたので、その音楽がなっている空間が、身体の動きを呼び覚ましているように見えます。グーパー体操は、そのリズムを体が刻んでいました。だんだん速くなりながら、またそのグルーヴ感を味わっていましたね。

◆即興は身体感覚が周りの環境と絡まり合って生まれる

子どもは何かの「ふり」が得意です。いろんな動物に「なり」ます。なるというのも動きの一種ですね。そこにも運動がありました。何かをイメージしてそれを体で表すという説明をしがちですが、本当にそれだではないなぁと思うことがあります。勢いですでにやってしまっていることが、後付けで「ペンギンさん」って言っている感じをもつときがありました。イメージと身体表現は創発的であり、同時多発的でもあるようです。

会が始まる前に、ダンサーの芝田和さんと「即興」について、こんな会話をしました。

「振り付けがないダンスなので、始まる前に覚えておくとか、思い出すとかは、しませんよね」

「それはしないですね」

「良いダンスになるためにはどんなことを準備するんですか」

「からだに雑念が入らないように、空っぽにしておく。そういう意味では子どもはそれが最初から、あまりないからいいんです」

「踊っていて空間や音楽がからだに入ってくる感じですか」

「体育館の屋根の骨組みの隙間に自分の手が伸びて挟まったり、コーンの青色のイメージが染みてきたり、そういうことが次々の起きていくのが動きになっていく感じですね」

◆体の動きがどんどんよき彼方へと誘われていく感じ

会が終わった後、ドラマーの菅田さんは「子どもたちからパワーをもらいましたよ。どんどん良くなっていったね」とおっしゃっていました。「よかった、楽しかった、の方へ、どんどん吸い込まれていった感じがした」。そんな感想を分かち合いました。

◆見ることも立派な行為の一つです

最後に一つ。親子運動遊びは、親子で「あること」を楽しめれば十分です。また見ることも行為の一つです。運動遊びは、こうでないとダメ、というものはありません。

最後の青木さんのソロダンス、私は毎回、ため息が出るほど美しいと感じます。劇場まで舞台作品を見にいったのと同じように。今日わさわざ見に来てくださった私の尊敬する先生からは「子どもたち、面白い大人たちに囲まれてよい刺激をうけますね」という感想をいただきました。

そう、運動にかぎらず、いろんな活動が、子どもたちが面白い!と探求し始めてしまうような「遊びのミュージアム」に、保育園がなるといいな、と思っています。

 

10月のお誕生日会

2023/10/27

昨日は10月のお誕生日会でした✨

今月は、さくまくん・ゆうかちゃん・れんくん・ゆうちゃん・あまねくんとたくさんのお友だちのお誕生日でした♪

みんなからの質問に答え、みんなで歌を歌ってお祝いしました〜!

今月の先生からのお楽しみは、パン屋さんの歌あそびと「この子だ〜れだ!」のお友だちクイズでした!

このボードを使って、パン屋さんにあるものが次々に出てくるのですが・・・

時より、パン屋さんにないものも出てきます。

↓下の中だとピーター(パン)! (パン)ダ!

パン屋さんにあるものがでてきたときには「あるある!」ないものが出てきたときには「ないない!」と歌に合わせてリズムよく言う遊びです。

この写真から伝わってくるように、大盛り上がりでアンコールまでありました!笑

是非、子どもたちに聞いてみてください〜!この日の夕方も口ずさんでいる子どもたちでした♪

 

そのあとは、「これだ〜れだ!」クイズ!

一部を出して誰かをあてていくのですが、意外と難しく。。でも細かい所を見て気付く子どもたち。よくみてるな〜と感心します。

みんなの笑顔が最高でかわいい。。♡

とっても楽しいお誕生日会になりました〜!

みんなおめでとう〜!素敵な1年になりますように!

明日の運動会はクッションや座布団をお持ちください

2023/10/27

明日は運動会ですが、子どもたちは何も練習することがありません。普段からやっているわらべ歌やダンス遊びを中心に、明日はご家族の方と一緒に体を動かして遊ぶだけだからです。運動会と言いましたが、正式名称は「親子運動遊びの会」です。園庭がないので、うちから最も近い小学校、千代田区立和泉小学校の体育館を借りて開きます。開園当初から同じようにやって、今回で5回目です。

★ 明日の親子運動遊びの会は、体育館なので、敷物(座布団やクッションなど柔らかいもの)をお持ちいただくといいと思います。

 

トンボのいのち

2023/10/27

今日はトンボの話です。先週初めにセキセイインコのチュンが亡くなり、寂しい思いをしていますが、私たち保育者は指針や要領の解説文などを読み返して、改めて生き物の命を振り返る機会になっています。子どもたちは虫が好きです。最近は屋上や公園でトンボをよく見かけるので、虫かごにはトンボがパタパタしている日が多くなりました。

一昨日の昼間、年中の二人の子どもが2階の窓から「あ、トンボだ!」というので、私もそばに寄って「どこどこ?」と教えてもらいました(写真1)。「あそこだよ」と言われてもわかりません。駐輪場に並んでいる自転車の荷台カバーの上にとまっているのを、やっと確認できました、(写真23)。よく見つけるものです。

今日は虫かごがの代わりに水槽を探し出したり、自前の虫網(袋)を作ったりしていました。広告紙を細く丸めて棒状にして、その先にビニールの袋をくっつけたもの。さっき聞いたら2匹つかまったそうです。「トンボは何を食べるの?」と餌をあげたいようです。お昼を挟んでつい先ほど(午後1時ごろ)、午前中に屋上で捕まえたトンボを、放してあげていました。私も何度か虫かごの中で息絶えているトンボを見ましたが、だんだん、逃がしてあげないと死んじゃうから可哀想と思うようになってきたようです。

 

 

遊びからの広がりの可能性をどう見るか?

2023/10/26

話は昨日の続きです。保育参観で私が見えた光景についての話です。

◆セロテープが溶けた経験の波及度

火曜日にセロテープをお湯に溶かしてストローになったことを面白がっていた年長の女の子は、担任によると、その後、お友達にそれを再現して見せていたそうです。また、そのお母さんは先ほど「保育園の科学実験の本のコピーを持って帰って、卵を酢に溶かしてみたりして、家中が酢の匂いなって(笑)」と報告してくださいました。家でも実験が続いているそうです。

今日はパンダの人形を作りたいという別の3歳年少さんと、ノリの無くなっている容器に水を入れてかきませていたら「とかしているの?」と聞かれました。何かを溶かすなんてことは、しょっちゅうやっているわけで、改めて人の行動と意味(意図)がセットになっていることは、相当小さいうちから(1歳過ぎから他者の意図に気づく)人間の得意技だったと思い出したのです。溶ける、という物理現象の意味を理解するのとは違いますが。

確かに子どもは絵の具でもノリでも、固まったものに水をかけて溶かすということは、これまでもたくさんやっているのですが、見慣れた状況の中で思い出されてくるものの繋がりを柔軟にするためにも、これも溶ける、あれも溶けるというようなことがたくさんあるといいのかもしれませんね。

◆場所は違っていても音の広い空間の中で参加していたダンス

ある風景や活動が、その子には「面白そう、なんだろう」と近づいて手にしてみたい、やってみたい、と思える情報になる場合と、そうならない場合もあります。さっきまでごっこ遊びをしていた子たちが、別の場所でリズミカルでアップテンポなBGMがなり出すと、年中の何人かはそれに加わらず、先生の膝の上で、じっとみていたり、トランポリンを続けて跳んで遊んでいたりします。ところが、別の曲が聞こえてくると、トランポリンに乗って、その音楽に合わせて体を動かし始めました。

参加していないように見えながら、場所は違っていても自分にとって心地よい場では体が動いているのです。また、他にも、輪になって「鬼さん、鬼さん何するの?」とみんなが言うと、順番に回ってくる子が「これするの」と思い付きの格好をするという遊びがあるのですが、それには加わらなくても、「これするの」の格好をカーテン越しに真似している子もいました。

写真は今日、おうちを作っていた年中さん。ダンボールを切る鋸と上手に使ってドアと覗き窓も出来ました。

◆スポーツやアートだとなると、社会に認められるという感覚

ボールを屋上で転がしている2歳の子がいました。ゴルフやカーリングやラグビーやサッカーなどのスポーツになると、「転がる物」の、物の特性が巧みに取り入られているわけですが、大人はそういう文化的区分に慣れているから、そこにつながるようなことなら「上手になる」ことに、俄然、情熱を注ぐわけですね。でも昨日のような「ガムテープ転がし」だとそうはいきません。

でも「ガムテープ転がし遊び」は、私には幾何学や工学につながる遊びに見えてしまいます。円柱の中心に棒を差し込むと車輪になる、というつながりを見出したり、といったことです。世界に広がっていく可能性のあるもの、とでも言えるのでしょうか? 例えば、きっとガムテープのような円柱でも、それを絵の具に浸して、手袋でもして大きな模造紙の上を転がしてみたりしたら、きっと大きな造形作品ができるでしょう。そうなると、わあっ、となってあたかも幼児教育をやっているように見えるのかもしれません。実際にやってみたいですけれど。

◆子どもの遊びの広がりや深まりをどう捉えるか

このように大人に受ける活動の枠を作ってしまえば、大人はそれとして受け止めるようになります。大人のわかりやすさ(意味づけ)は、こうしてステレオタイプ化して、それを乳幼児の遊びを侵食していくのかもしれません。あるいは何が世界に開けていく経験になっていくのかを、見極めていくようなことが大事なのかもしれません。砂場での遊びのようなことをもっと再評価する説明力が必要になってきているのでしょうか?

・・・「どういうような形から科学的実験的探究活動は子どもに意味があるのか。多分、そこからの世界の広がりがあるかどうかだとは思うのですが。どう具体的に実践で検討するか。」

最近、実験用スケッチブックに書き込んだ言葉です。ここに立ち返って考えることが当分続きそうです。

 

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